独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

高雄・北山杉

H28.8.17(火) その12  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

いよいよツアー最後のメニュー、高雄のもみぢ家別館での昼食、川床料理を
残すのみとなった。

高雄というと、半世紀も前のことになるが、土門拳が撮影した神護寺の薬師
如来立像や、島田謹介が撮影した北山杉の写真に強い感銘を受け、神護寺を
訪ねたり、周山街道沿いの北山杉を見に行ったときのことを思い出す。 

 薬師如来立像 - 土門拳 撮影 -
     (「日本の彫刻 上古-鎌倉」-1960 美術出版社)

    神護寺:薬師如来立像

  第一等の仏像はと問われると、木造では神護寺本堂の薬師如来・・・
     (土門拳「古寺巡礼」第4集-1971年 美術出版社)

  神護寺薬師如来立像はその眉、その目、その鼻、そのきりりとしまった
  男性的な唇を持つ顔に一番の魅力がある。この仏像を模倣したと思われ
  る仏像はたくさんあるが、その目、その眉、その鼻、その唇をまねした
  と思われるものは一つもない。この仏像は真に男らしい男の像という点
  において日本唯一である。

     (土門拳「わが仏像十選」-「文芸春秋」臨時増刊 昭和47年)


 北山杉 - 島田謹介 撮影 -
      (太陽(1963年11月号)-特集「京都の四季」 平凡社)

島田謹介「北山杉」

  私のもっとも好きなのは、北山杉の美しい林相を見ること・・・
     (島田謹介「私の好きな京都」 -太陽 1963年11月号)

  桜はもうあかんけど、北山杉が見たいわ。高雄から近おすやろ。
  北山杉のまっすぐに、きれいに立ってるのをながめると、うちは
  心が、すうっとする。杉まで行っとくれやすか。

     (川端康成「古都」(1962 新潮社)<北山杉>)

神護寺には、伝頼朝像などの、いわゆる「神護寺三像」がある。見ているは
ずなのだが、明瞭に思い出すことが出来ない。ご本尊の薬師如来立像にして
も、写真ほどの強烈な印象が浮かんでこない。北山杉も周山街道沿いに見て
いるが、どうしたことか、こちらも写真ほどの強い記憶が残っていない。

現実に見た顔立ちや風景よりも、写真家の眼と心で切り取られた写真の方に、
より以上の力強い、迫力あるリアリティーを感じてしまうのは、一体どうい
うことなのだろうか。いつも不思議に思う。

高雄や北山杉というと、川端康成の「古都」も思い出される。朝日新聞に連
載されたのが60年安保の翌年(1961年)10月で、川端康成はその翌月に、
文化勲章を授与された。

「古都」の連載は翌年1月に終わるが、2月に睡眠薬の禁断症状により入院。
入院中に、東山魁夷から「冬の花」と題する絵を贈られる。川端康成は、6
月に単行本「古都」を刊行するに当たり、この絵を口絵として用いている。

 冬の花 - 東山魁夷 1962年 -
     (川端康成「古都」(1962 新潮社)口絵)

『冬の花』


川端康成は、「あとがき」で次のように述べている。

  口繪の東山魁夷氏の「冬の花」(北山杉)は、36年の私の文化勲章の
  お祝ひにいただいたものである。「冬の花」といふ画題は「古都」の
  終章の見出しにちなみ、作中にある北山杉を描いて下さったのである。
  37年の2月・・私の病室へ、東山夫妻がこの繪を持って來て下さった。
  病室で日毎ながめてゐると、近づく春の光りが明るくなるとともに、
  この繪の杉のみどり色も明るくなって來た。

     
1968年、川端康成はノーベル文学賞を受賞する。東山魁夷は、そのお祝いに、
「冬の花」と同じ構図の「北山初雪」を贈る。川端康成に勧められて、3年位
で纏めようとしたが9年がかりで完成した、連作「京洛四季」の一つだ。

 北山初雪 - 東山魁夷 1968年 -
     (東山魁夷「京洛四季」- ビジョン企画出版社 1998)

東山魁夷『北山初雪』

   冬は北山から来る。洛南のほうではよく晴れた日に、遥かに連なる北
  山が、群青に翳り、また明るく照り、まるで澄みきった水の中のように
  はっきり見えているのに、その山並みの一部分に層を重ねた雲が、灰色
  をぼかし込んでいるのを見ることがある。そんな時は、北山のどこかに
  冷たい雨が降りかかっているか、あるいは、小雪でも舞い落ちているに
  ちがいない。
   十二月に入って間もなくの明るい朝だった。高尾の谷あいには、まだ
  おそい紅葉がわずかに残っていた。栂尾を過ぎると北の杉山が、うっす
  らと雪に蔽われているのを見て驚いた。
   陽の当る山の斜面は、梢に丸く残された葉の繁みが、粉を振りかけた
  ように白くなって重なり並び、その間を真っ直ぐな幹の列が、明暗の縞
  模様を描いてリズミカルに連なっていた。片側の蔭になった暗い谷は、
  伐採された斜面だけが白くなって、立ち並ぶ杉の繁みを錆群青の深い色
  に沈め、その上に置く雪を青味のあるグレーに見せていた。


手元にあるビジョン企画出版社の「京洛四季」に、北山杉を描いた「青い峡」
がある。凛としてスッキリと伸びている北山杉。青山ブルーで描かれた美しい
作品だ。

 青い峡 - 東山魁夷 1968年 -
     (東山魁夷「京洛四季」-ビジョン企画出版社 1998)

東山魁夷『青い峡』



もみじ家本館前に着いた。ここから神護寺へは歩いて20分くらいだが、今回
のツアーではその予定もない。待つこと10分ほどで、別館に行くバスが来た。

待っている間に、♪ 京都 大原 三千院・・・♪ と聞こえないほどの小さな声で、
「女ひとり」を口ずさんでいた。昨年亡くなられた永六輔さんの歌詞で、2番
♪ 京都 栂尾 高山寺・・・♪ 、3番は ♪ 京都 嵐山 大覚寺・・・♪ で始まる。

大好きな歌でよく歌ったが、2番で連想するのは、常に高雄山神護寺だった。
それもそのはず、「三尾」の中で訪ねたことがあるのは神護寺だけで、高山寺
も西明寺も訪ねたことがない。

 もみじ家別館:吊り橋 - 清滝川に架かる吊り橋を渡り、「川の庵」へ。

もみじ家別館:つり橋

 清滝川 - 座席について早速に生ビールを注文。すぐにお代わりも頼んだ。
      食事が済むのを見計らってから、「カワセミが飛んでいますよ」
      と声をかけたら、みなさん総立ちになり、「あ、いた!いた!」
      「皇居のお堀では」「茨城では」「初めて見た!」などと、カワ
      セミの話題で大いに賑わった。

高雄:清滝川

      上流へ向かへば、槇尾山西明寺栂尾山高山寺と続く。
      はたして、元気なうちに訪ねることが出来るだろうか。
      その機会があれば、紅葉の時期に来たいものだと思った。

清滝川

京都駅に着いてから、1時間以上余裕があった。ショッピング後、ホームに出
たら、例のメンバーの一人が 「生ビールがあるよ!」と教えてくれた。即刻
買い求め、車中に乗り込んだ。

京都駅16時29分発(のぞみ384号)の車両が動き始めた。すぐに生ビールを
グイッと飲んだ。とても美味しかった。 途中、新横浜と品川で下車する参加
者がいた。別れの挨拶に大きく手を振ったのも束の間、18時50分に東京駅に
着いた。東京駅19時16分発のやまびこ157号に乗り換え、福島駅に着いたの
が20時53分。タクシーに乗って、自宅に戻った。

奈良と京都、二つの古都を訪ねるツアーが終わった。今、無事に旅行を終える
ことが出来たことに、大きな感謝をしている。そして、充実した内容を満喫で
きたことの嬉しさが、じわじわと湧き上がっている。

自信がついたのだろうか、また古都を訪ねる機会を得たいと思うようになった。
いつになるかは定かでないが、近いうちに実現することを夢見ながら、楽しい
想いに浸っている。

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テーマ:■京都を撮る■ - ジャンル:写真

  1. 2017/03/13(月) 23:18:32|
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