独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

お多賀さん

H28.11.21(月) その3  1 2 3 4 5 6 7

運転手さんが、「佐和山城は跡形もなく徹底的にこわされてしまいましたが、
地元では、三成公は今でもとても慕われているんですよ。」と教えてくれた。

また、「途中、多賀大社の前を通りますが、この大社は滋賀県内では初詣客
が最も多く、「お多賀さん」と呼ばれて親しまれているんです。ちょっと車
を止めて参拝しましょうか」と話された。

5月に伊勢参り。「お伊勢参らばお多賀へ参れ」とか。 車を止めてもらった。


 太閤橋  秀吉が大政所の病気平癒を願って寄進した「太鼓橋」。 

11210918 太閤橋・御神門


橋を登らずに左を回り、表門を潜ると、

11210920


 拝殿  正面に拝殿。手前左は手水舎。右にはおしゃもじ型の絵馬が。

11210921 拝殿


拝殿の奥には神楽殿が、

11210922


 神楽殿内観  奥には幣殿、本殿が。右端は「お多賀杓子」

11210924 神楽殿


 拝殿西袖廻廊  拝殿に向かって左。

11210929 翼廊(左) 


 拝殿東袖廻廊  拝殿に向かって右。

11210926 翼廊(右)


11210925


 神符授与所  たくさんのおみくじが。  

11210928 社務所


こちらにも、苔むした石灯籠を隠すほどのおみくじが。

11210932


おみくじの、あまりの多さに驚いた。

多賀大社のお守りとして知られる「お多賀杓子」は、「お玉杓子」や
「オタマジャクシ」の語源とされている。 面白いものだ。

多賀大社は、いろんな願いごとをかなえてくれるパワースポットとか。
かみさんたちは何を願ったのかなと思いながら、タクシーに乗った。


.
多賀大社  ・ 多賀大社 - Wikipedia  ・ 多賀町 - Wikipedia

   故其伊耶那岐大神者坐淡海之多賀也 -古事記 : 国宝真福寺本
    ・ 近江國 犬上郡七座並小 多何神社二座 - 延喜式神祇巻第十 神名下
    ・ 多賀大社 所祭之神一座伊弉諾尊 - 和爾雅巻之二 p.42 -早稲田大学
    ・ 多賀大明神 祭神 伊弉諾尊 日少宮 - 倭漢三才圖會 巻第71
    ・ 多賀神社 - 神宮司庁編『古事類苑』 第9冊
    ・ 多賀大社由緒略記 - 官幣大社多賀神社社務所 昭和17年
    ・ 40 伊勢神宮と多賀神社 - 三重県>県史Q&A
    ・ 伊耶那岐神の鎮座地-淡海之多賀か淡路之多賀か- 萩原浅男
    ・ 多賀神社 - 吉田東伍『大日本地名辞書』 - 国会図書館DC
    ・ 拝殿 修理工事  ・ 神楽殿 新築工事  ・ 祈祷待合所 改築工事

伊弉諾神宮  ・ 伊弉諾神宮 - Wikipedia

   かれその伊耶那岐の大神は、淡路の多賀にまします。
      - 武田祐吉注釈校訂 古事記
  是を以て幽宮を淡路の洲に構り、寂然長く隱れましき。亦曰く、伊弉諾尊功
    既に至りぬ、德亦大いなり。是に天に登りまして報命したまふ、仍て日の少
    宮に留まり宅みましぬ。[少宮、此をばワカミヤと云ふ。]

      - 黒板勝美編『日本書紀』 訓読 上巻 ≪伊弉諾尊の崩御≫
    ・ 舎人親王編『日本書紀』 30巻 [1] - 国会図書館DC
    ・ 日本書紀 - 国会図書館デDC - 国史大系. 第1巻 
    ・ 奉授淡路國无品勲八等伊佐奈岐命一品
      - 三大實錄第二 貞観元年(859)正月27日
    ・ 是以搆幽宮於淡路之洲寂然長隱亦坐淡路之多賀者矣
      - 先代舊事本紀 -国会図書館DC
    ・ 多賀村 - 仲野安雄『淡路常盤草』 -国会図書館DC

お多賀杓子 - 多賀大社  ・ お多賀杓子 - Wikipedia  ・ しゃもじ - Wikipedia

   多賀町の民話 紙芝居集「お多賀杓子(おたがしゃくし)」多賀観光協会
    ・ 杓文字に秘められた秘史 - 農業経営者〔No.50〕 祈りの大地(10) - 斎藤吉久
    ・ 新近江名所圖会 木地師の村 1 2  - ㈶滋賀県文化財保護協会
    ・ 按に、惟喬皇子を木挽の祖なと云ふことは、事理を解せざる土俗の妄説
     なるべし

      - 小掠谷 吉田東伍『大日本地名辞書』 - 国会図書館DC

元正天皇 - Wikipedia

   養老改元1300年祭  ・ コラム 養老改元1300年祭
    ・ 霊亀3年(717)9月 - 續日本紀巻第7 - 六国史 巻3 -国会図書館DC
      幸當耆郡、覧多度山美泉、賜從駕五位已上物各有差、
    ・ 養老2年(718)2月 - 續日本紀巻第7 - 六国史 巻3 -国会図書館DC
      天皇臨軒、詔曰、朕以今年九月、到美濃國不破行宮、留連數日、因覧
      當耆郡多度山美泉、自盥手面、皮膚如滑、亦、洗痛處、無除愈、在朕
      之躬、甚有其驗、亦就而飮浴之者、或白髪反黑、或頽髪更生、或闇目
      如明、自餘痼疾、咸皆平愈、

   泰澄 - Wikipedia
    ・ 養老6年(722)7月、8月 -泰澄大師傳記 - 越知神社文書 -国会図書館DC
      兩月間氷高天皇御不豫兩月内天下有驗行者其員不知參内曾无驗。尚以
      御不豫。天皇宣。朕聞越大徳者神驗掲焉行者。乃依勅宣。和尚參内
      ・・・尚以獨古擬叡身。靈気早鎭。御惱平複如本

    ・ 泰澄 | 白山比咩神社 | 石川県
    ・ 泰澄と白山信仰  - 本郷真紹 -福井県文書館講演

惟喬親王 - Wikipedia

   東近江発の超大型情報 「惟喬親王伝説」を追う - 滋賀報知新聞 H21.1.4
   伊勢物語81 82 - 国会図書館DC - 日本文学大系 校註 第2巻
   桜ばなちらばちらなむちらずとてふるさと人の來ても見なくに  古今74
     白雲のたえずたなびく峯にだにすめば住みぬる世にこそ有けれ  古今945
     夢かとも何かおもはむ浮世をば背かざりけむほどぞ悔しき   新古今1720
     ぬしもなく荒たる宿をきてみれは雨も涙もとまらさりけり     続後拾遺
     入月にてりかはるへき紅葉さへかねてあらしの山そさひしき     新千載

白洲正子の愛した近江[滋賀県観光情報]

   『かくれ里』(1971年 新潮社)
       ≪木地師の村≫ p.138~
    ・ 南は鈴鹿の山麓から、北は多賀神社の近くまで、皇子の遺跡は数えきれな
     いほど残っている。たしかな史料に欠けるところから、史実としては認め
     られないが、木地師の間に残る強烈な信仰と、無数の伝説は、まったくの
     でっち上げとは考えられない。

    ・ 永源寺からも、鈴鹿山脈からも、一番遠く奥まった秘境で、小椋谷は、小
     暗谷だったかも知れない。一時間近くかかって、君ヶ畑につき、ほっとす
     る。

       ≪湖北 菅浦≫ p.177~
    ・ 木地師には惟喬親王が、吉野川上村には自天王、そしてここには淡路の廃
     帝が、一つの信仰として生きているのはおもしろい。おもしろいといって
     は失礼に当るが、神を創造することが、日本のかくれ里のパターンである
     ことに私は興味を持つ。人里離れたところに住む人々は、何か心のより所
     がほしかったのであろうか。不幸な貴人に同情することが、貧しい人々の
     真情なのか。いや、それだけではあるまい。そこには必ず信じるに足るだ
     けの、事実と根拠があったに相違ない。いくら純朴な村人でも、まったく
     の嘘や作り話を新洋するはずはないのである。

       ≪越前 平泉寺≫ p.264~
    ・ 湖北では特に、泰澄の開基で、最澄の再興という寺が多い。そして、十一
     面観音を祀っていることも前に記した。全部が全部信じられないにしても、
     このように多くの伝承が残っているのを見ると、これは泰澄大師が奈良へ
     招かれて行った時の、道程を示しているに相違ない。

   『近江山河抄』(講談社文芸文庫 1994)
       ≪鈴鹿の流れ星≫ p.152~
    ・ 小椋谷の入口の永源寺から、北へ向って行くと、百済寺、金剛輪寺、西明
     寺が、ほぼ同じ間隔に並んでいる。「湖東三山」とも呼ばれ、近江では指
     折りの古い寺院である。
    ・ 小椋谷へは、今永源寺から、愛知川ぞいに入って行くので、さもその寺と
     関係がありそうに見えるが、永源寺は比較的新しい寺で、木地師のような
     大集団が依存するためには、はるかに大きく、裕福な寺をひかえている必
     要があった。
    ・ そして、来てみてやっぱりよかったと思う。村の人に尋ねると、峠一つ越
     えれば、裏は小椋谷の箕川で、歩いて二、三十分しかかからない。木地師
     が自分たちのひいた器を背負って、この山道を往来した当時の姿が目に浮
     ぶ。それは地図で見ても、本を読んでも、決してわかる筈のない彼らの生
     活の歴史であった。
    ・ 彼らは鈴鹿の谷伝いに、金剛輪寺へも、西明寺へも、多賀大社までも通っ
     たに相違ない。多賀大社で売っている名物のおしゃもじは、その当時の名
     残りである。





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