独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

御所と六角堂

H28.8.17(火) その8  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

今日は旅行の最終日。スッキリと目覚めた。
窓の外がかなり明るんできたので、そっとカーテンを開いた。

 【ホテルの窓から】 比叡山が朝日を受けて美しく輝いていた。

№1 ホテルの窓から

朝食までには時間があるので、タクシー利用で御所を経て六角堂へ。
 
 【御所】

  建礼門前大通り  道幅約50m、南に約500m。 清々しい。
  
№2 御所(1)


  建礼門  この門の前から葵祭、時代祭りの行列が出発する。

№3 御所(2)


  築地塀  5条の筋は最高位とか。東西約250m、南北約450m。

№4 御所(3)


 【頂法寺六角堂】  

  山門  山門先の柳は、嵯峨天皇の伝説に因む縁結びの柳とか。

№5 六角堂(1)


  本堂  多くの災害に遭い、現在の本堂は明治10年(1877)に再建。

№6 六角堂(2)


  御幸桜  花笠も六角形。早咲きで、花山院の御幸に因むそうだ。

№7 六角堂(3)


  一言願い地蔵  願いごとを一つだけ叶えてくれるお地蔵さん。

№8 六角堂(4)


  親鸞堂  「夢窓之像」と「草鞋の御影」の前には、私の影?も!

№9 六角堂(5)


  へそ石  石灯籠や水位計の跡とする説が有力らしい。

№10 六角堂(6)


六角堂の創建は聖徳太子によるとか。用明天皇2年(587)に、念持仏と
していた如意輪観音像をご本尊として御堂に安置したと伝えられている。

ご本尊は背丈が一寸八分(約5.5cm)の秘仏で、通常は拝観できないが、
平成21年に、西国巡礼中興の祖とされる花山法皇の一千年遠忌を記念し
て、明治10年の六角堂再建以来136年振りにご開扉された。

今年は「西国三十三所草創1300年」に当たる記念すべき年ということで、
先日、ご開扉された。

 御本尊 御前立「如意輪観世音菩薩」

御本尊 御前立


朝食前の1時間ほどの散歩でしかなかったが、御所と六角堂に、京都の
歴史のエキスのようなものを、ホンの少しばかり垣間見た思いがした。


.
梅原猛先生が書かれた本に、『京都発見〈2〉路地遊行』(新潮社 1998)がある。
長くなるが、引用させていただくこととする。

      聖徳太子と六角堂 p.27~

  古くから京の町の中には因幡堂(いなばどう)即ち因幡薬師堂とともに六角堂が
 あった。堂といっても殆ど寺であるが、京の町の中に寺を造ってはいけないとい
 う禁忌(タブー)を避けて堂と名付けられたのであろう。
  ・・・
  この六角堂の建立及び平安京建設時の移動の話は誠に興味深い・・・。太子が
 四天王寺を建てるためになぜこの山城国に材木を求めたのかよく解らないが、一
 つには秦氏との関係が考えられる。

  ・・・こちらの如意輪観音は全く艶麗で、女体の匂いがしてくるようである。
 深い想いの中に浸っている女体を持った観音といえるであろうか。私はこの如意
 輪観音がこの地にとどまったのは、如意輪観音の意志でもあったかも知れないが、
 やはり秦氏の政治的な力も大きかったのではないかと思う。

  ・・・ちょうどこの寺は東西に敷こうとしている新しい道路の真ん中に位置し
 ているが、その寺が移転を命ぜられるや、黒雲が立ってたちまちのうちに五丈北
 へ動いたという。この話は実際、それが律令政府の力によって動かされたか、或
 いは道そのものを変更したのかよく解らないが、そのような霊験あらたかな寺と
 して、六角堂は新しい都の真中に、寺として生き残ることが出来たのであろう。


      小野妹子と池坊 p.38~

  山鉾の一つに「太子山」という山がある。そしてこの山を守る町を太子山町と
 呼んでいる。この「太子山」には、六角堂の縁起をそのまま表わした像が造られ
 ている。美豆良(みずら)(童子の髪形)に髪を結った少年の太子が右手に斧を持ち、
 左手に衵扇(あこめおうぎ)を持ち、六角堂の建材になった杉を今、正に切らんと
 している像である。 その杉の木には小 さな如意輪観音が置かれている・・・。

  これは確かに太子の伝承であるが、山を飾る前掛けの絵は少し違った意味を持っ
 ている。 この宮殿は、秦の始皇帝の阿坊宮(あぼうきゅう)であると伝えられる
 ・・・。これはやはり、始皇帝の孫(そん)、聖徳太子に仕えたと称する秦川勝の
 子孫が、彼の先祖を誇示しようとして、かかる前掛けを作ったのであろうと考え
 られる・・・。

  今もこの太子山町に屋号、松屋を名告(なの)る秦與兵衛家という旧家があるが
 ・・・、私は家の伝承の通り、秦川勝の血を引く人がここに聖徳太子とそれを助
 けた秦氏の功業を記念するために、太子山という山を作ったのではないかと想像
 するのである。



京都御所  ・ 京都御苑  - Wikipedia  ・ 環境省_京都御苑

   内裏から京都御所へ PDF - 京都市「フィールドミュージアム京都」
   第284回 京都御所『宮廷文化が感じられる、天皇のかってのお住まい』
     - ちょっと言いたくなる 京都通:宇治茶 伊藤久右衛門 2014.3 -

『六角堂』 紫雲山頂法寺  ・ 頂法寺 - Wikipedia

   平安京左京四条三坊 - 昭和61年度 京都市埋蔵文化財調査概要
       - 1989年 公益財団法人京都市埋蔵文化財研究所
 p.13~
      調査対象地は現六角堂及びその北側の池坊会館の東隣に位置する。当地及
     び六角堂などを含む地域は平安京左京四条三坊十六町にあたる。六角堂は同
     縁起によれば平安時代以前から存在していたと伝えられるが,文献史料から
     は平安時代以前については疑問である。しかし,平安時代中期には確実に存
     在していたようだ。
      ・・・
      六角堂については室町時代後期の東限の塀・門・池と思われる遺構,江戸
     時代の東限の塀を検出した。調査区東半が江戸時代以降に攪乱されているこ
     ともあって,室町時代以前の直接六角堂につながる遺構は検出できなかった
     が,平安時代後期の井戸は当時の六角堂の寺域内にあった可能性は高い。六
     角堂の東限が時代と共に西へ移動して行く状況を確認することができた。

   都名所図会 - 国会図書館DC - 都名所図会 6巻. [1] 天明6年(1786)
      桓武天皇都をここに定めさせ給ふ時、官使條路を極むるに、六角堂小路の
     中に當れり。皆これを愁へしかども、太子建立の精舎を他所に移さん事いか
     ゞと沙汰しければ、俄に黒雲下りてこの堂自ら五丈ばかり北の方に退けり。
     故に事ゆゑなく小路を通して都となりにけり。

      ・ 六角堂 -山城名勝志巻四 洛陽部三 国会図書館DC - 史籍集覧. 22
      ・ 拾芥抄 宮城部 第19 - 国会図書館DC - 拾芥抄 3巻. [2]
        或記云 大内裏秦川勝宅 橘本大夫宅 南殿前庭橘樹 依舊跡殖之 見天暦御記
      ・ 六角堂のへそ石(京都市中京区) -京都新聞 2008年3月13日
   花洛細見図 《六角堂・六角堂立花》 -国会図書館DC - 15巻 元禄17年(1704)
   雍州府志 《頂法寺》 - 京の記憶アーカイブ 雍州府志 巻4-30 貞享3年(1686)
   京童跡追 - 中川喜雲撰 国会図書館DC - 後追. [1] 寛文7年(1667)
     毎年両度の祇園会。山鉾に次第の鬮此堂の前にて定むる。
      ・ 山一番に24年ぶり山伏山 京都・祇園祭、くじ取り式 -京都新聞 2016年7月2日
      ・ 祇園祭 祭礼篇  -フィールドミュージアム京都
      ・ 太子山 - 山鉾について 公益財団法人祇園祭山鉾連合会
      ・ 太子山 - 国会図書館DC - 京都祇園会図会 明27(1894)
      ・ 秦家住宅 -京都市のアンテナショップ 京都館ニュース1月号
   二水紀 天文元年(1532)9月26日 -京都府立総合資料館 京の記憶アーカイブ
     一揆衆の猛勢、恐怖なりと云々。町人、日々集会の鐘を打つ。上京は革
     堂(行願寺)の鐘、下京は六角堂なり。終夜終日、耳に針す。

    ・ 祇園執行日記 天文元年(1532)9月26日 国会図書館DC - 群書類従 第17輯
     打明ヨリ。又六角堂鐘撞候。何事トモ不知。今夜山サキノ彼方ヤケ候ツル。
     残リ候法華町人トモ。東寺ノアタリマテウチマハリシ候。

    ・ 法華一揆 - Wikipedia
    ・ 天文法華の乱
    ・ 町組  PDF  -フィールドミュージアム京都
   洛中洛外図 - Wikipedia
    ・ 紙本金地著色洛中洛外図(上杉本洛中洛外図屏風)(国宝) 永禄8年(1565)
       -文化遺産データベース

    ・ 狩野永徳《上杉本洛中洛外図屏風》 金雲に輝く名画の謎を読む──
     「黒田日出男」:アート・アーカイブ探求|美術館・アート情報 artscape

    ・ 洛中洛外図屏風(歴博甲本)右隻(重文)〔説明入り画像 〔高精細画像〕
       大永5年(1525)頃
 - WEBギャラリー|国立歴史民俗博物館
   碧山日録 寛正3年(1462)10月2日 国会図書館DC - 史籍集覧. 25
     春公為王父霄岸設施食会與諸僧相会専慶来折菊挿於瓶皆嘆其妙也
   碧山日録 寛正3年(1462)2月25日 国会図書館DC - 史籍集覧. 25
     宿雨不晴春公招専慶挿花草於金瓶者数十枝洛中好事者来競観之
   碧山日録 寛正2年(1461)2月2日 国会図書館DC - 史籍集覧. 25
     願阿於六角長法寺南路、為流民造茇舎十數間、其横長自東洞院坊、
     以烏丸街爲限也、

    ・ 六角堂 - 人権ゆかりの地をたずねて3/京都府ホームページ
   恵信尼自筆書状類〈覚信尼宛/(十通)〉(重文) -文化遺産データベース
    ・ 恵信尼 - Wikipedia   ・ 恵信尼消息(恵信尼文書) - 小さな資料室
    ・ 「聖徳太子の文を結びて」「又六角堂参籠」 建仁元年(1201)
       -鷲尾教導『恵信尼文書の研究』 大正12年(1923) -国会図書館DC- 
     やま(山)をいて(出)ゝ六かくたう(六角堂)に百日こも(籠)らせ給うて、
     ごせ(後世)をいの(祈)らせ給けるに・・・

   梁塵秘抄 -国会図書館デDC - 日本歌謡集成. 二 治承年間(1180年前後)の作
     観音験しを見する寺、清水石山、長谷のお山粉河近江なる彦根山、
     眞近く見ゆるは六角堂

   百錬抄 承安2年(1172)5月12日 -国会図書館DC - 国史大系 第14巻 百錬抄 ・・・
     京中諸人修諷誦於六角堂因幡堂。爲免疫疾云々。
   今昔物語 巻16 -国会図書館DC - 国史大系 第16巻 天永~保安 (1110~24) 頃?
     隱形男依六角堂觀音助顕身語第卅二
   今昔物語 巻27 -国会図書館DC - 国史大系 第16巻 天永~保安 (1110~24) 頃?
     三條東洞院鬼殿靈語第一
     ・ 鬼殿 - 山城名勝志巻4 国会図書館DC - 史籍集覧. 22 
   小右記 二 寛仁2年(1018)11月22日 -国会図書館DC - 史料通覧
     今日節會、早旦修諷誦六角堂、
   御堂関白記 長和6年(1017)3月11日 -国会図書館DC - 日本古典全集
     右衛門督來云。行幸申時許。六角小路與福小路侍小宅。清原致信云者。
     侍介行。是保昌朝臣郎等・・・秦氏元子。申有此中由。問氏元在所。頼親
     朝臣
相從者者。仍問案内。頼親所爲。人人廣云。件頼親。殺人上手也。

   類聚三代格巻19 延歴2年(783)6月10日 国会図書館DC - 国史大系 第12巻
     太政官符。禁断京職畿内諸國私作伽藍事。 續紀第卅七

聖徳太子 - Wikipedia

   上宮聖德太子傳補闕記
     ・ 太子生年十四。丁未年七月。物部弓削守屋大連。與宗我大臣縁佛法興
      不之論・・・。太子在殿。士卒氣衰。軍政秦川勝率軍奉護太子。見官軍氣
      衰。馳啓太子。太子立謀。即令川勝採白樛木。刻造四天王像。擎立鋒。
      太子自率壯士而迫賊。太子亦誓放四天王之矢。即中賊首大連胸。倒而
      墜樹。衆亂躁。川勝進斬大連之頭・・・。覆奏於玉造之東岸上在東生郡
      即以營爲四天王寺。始立垣基。
     ・ 宗我大臣輔政。太子與之興隆三寳。紹發二諦。始起四天王寺。元興寺。
      一説法隆寺。 中宮寺。橘寺。蜂岳寺。并宮領賜川勝秦公。池後寺。葛木寺。
      賜葛木臣。又制爵十二級・・・。

   秦河勝 - Wikipedia
     ・ 広隆寺 ・ 松尾大社 ・ 大避神社 ・ 伏見稲荷大社  - Wikipedia
   小野妹子 - Wikipedia
     ・ 崇道神社  ・ 科長神社  - Wikipedia
     ・ 小野妹子の墓 -大阪観光情報  ・ 唐臼山古墳 -大津市歴史博物館
   法観寺 - Wikipedia
     ・ 山州名跡志《法観寺》 -国会図書館DC - 大日本地誌大系. 第16巻

花山天皇  ・ 寛和の変   ・ 長徳の変  ・ 元慶寺 - Wikipedia

   花山院 -国会図書館DC - 国史大系. 第5巻 日本紀略
     ・ 寛和2年(986)6月23日 今暁丑刻許。天皇密々出禁中。向東山花山寺落飾。

     ・ 寛和2年(986)7月27日 花山法皇徒行。播磨國書書寫山。謁性空聖人。
   花山天皇紀 -国会図書館DC - 大鏡新註
   栄花物語 -国会図書館DC - 現代語訳国文学全集. 第11巻
   西国三十三所 - Wikipedia

親鸞  

   ほぼ日刊イトイ新聞 - 親鸞 Shinran 2007-10-12-FRI
     ・ ほぼ日刊イトイ新聞 - 吉本隆明が語る親鸞  親鸞に会いにいく。
   倉田百三『出家とその弟子』  ・ 『出家とその弟子』の追憶 - 青空文庫
   西田幾多郎『愚禿親鸞』 - 青空文庫




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