独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

言の葉もなし

H28.8.16(月) その6  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

観音寺の十一面観音さんにまたお会いしたいものだと思いながら、
次の目的地、東山の高台寺へと向かった。バスを降りて近くのお店
に入っての昼食。生ビールが好きなメンバーが、どうしてかまた同
じく集まった。赤ら顔で山門へとつづく坂道をのぼった。きつい!

 【庫 裡】 拝観入口へ

№1 庫裡


 【遺芳庵】 明治41年(1908)に紹益の旧邸跡から移築したとか

№2 遺芳庵


 【高台寺庭園】(史跡名勝 昭和2年(1927)指定)

  偃月池(えんげつち) 偃月は半月よりやや細い月のこと

№3 偃月池(えんげつち)


  開山堂 左は観月台右は霊屋(おたまや)(何れも重文)

№4 開山堂


  臥龍池(がりょうち) 臥龍廊の下(「境内案内」参照)

№5 臥龍池


  臥龍廊 開山堂と霊屋を結んでいる

№8 臥龍廊


№9 臥龍廊


 【方丈前庭】 「波心庭」とも

№6 方丈前庭


№7 波心庭とも

 【勅使門】 大正元年(1912)に方丈とともに再建

№13 勅使門


 【傘亭(からかさてい)(安閑窟)(重文) 傘と言えば次は雨

№10 傘亭


 【時雨亭】(重文) 高台院は大坂城炎上を2階から遠望した?

№11 時雨亭


 【ヤブミョウガ《藪茗荷》】 竹林の手前、思わずハッとした

№12 ヤブミョウガ


 【石塀小路】 趣きのある細い路地

  厄除けの(ちまき)百鬼夜行のお化け提灯熟成の色の杉玉

№14 粽・提灯・杉玉


  忍び返し 槍の穂先? 下、横、上へと鋭く伸びている

№15 忍び返し


 【大文字鑑賞の夕べ】

  特別ディナー  芸妓さんに囲まれて満面笑みの

№16 大文字鑑賞の夕べ


  京都五山送り火 大雨のため部屋に戻りテレビで鑑賞

№17 京都五山送り火

  雨にかすむ「大」 京都・五山送り火 2016.8.16
     - 京都五山送り火:京都新聞」 -

5年前、陸前高田の松を護摩木として使うという提案があったが、
原発事故による放射能汚染を懸念する声で中止となった。当時の
ことをあれこれと思い浮かべながら、原発問題は、まだ収束して
いない、厳然と続いていると、燃え盛る火をみながら考えた。

そのうちに、矢張り疲れが出たのか、いつの間にか眠りに入った。
送り火の今日、京・・・「なべて世はこともなし」ということか。


.
高台院 - Wikipedia  ・ ホーム - 高台寺  ・ 圓徳院

   田端泰子『北政所おね―大坂の事は、ことの葉もなし』 ミネルヴァ書房 2007
    ・ 高臺院豐臣秀吉夫人消息(大崎少将(伊達政宗)宛 慶長20年(1615)5月19日)
         -国会図書館DC - 日本古文書 家わけ 三ノ二 661

     落城後のおねの書状 大阪城落城直後の元和元年(1615)5月19日の日付の
    「おね書状」がある。これは伊達政宗に宛てられたものである・・・。
     この書状の内容は、まず第一に大阪落城について触れ、「大坂の御事ハ、なに
    とも申候ハんすることの葉も御入候ハぬ事にて候(大阪落城のことは、何とも申
    し上げるべき言葉もありません)」と述べている。次に伊達政宗からは常日頃よ
    り手紙をもらっているのに、返事を出すのも怠りがちでしたと、無礼をわびてい
    る。その上で、京都でおねに「似合いの用」があれば遠慮無く申し付けてくださ
    い、とのべるのである。そして最後に帷子(かたびら)20枚を贈ると述べている。

                           p.238~

     おわりに
     本書を執筆したあとで行き着いた結論は、おねは、秀吉生存中にも没後にも、
    まさに政権をやさしく抱えて育てる「母親・かかさま」であったということであ
    る。副題として付けた「大阪の事は、ことの葉もなし」の原文は、「大坂の御事
    ハ、なにとも申候ハんすることの葉も御入候ハぬ事にて候」である。言うべき言
    葉を失ったと述懐するおねのこの一言に、彼女の一生が凝縮され、総括されてい
    るように思えてならない。豊臣家を救えなかった悔しさ、それを口に出して言え
    ないくやしさ、しかし何か手を差し延べたいという思いが秘められているように
    思う。 子どもを産む産まないにかかわらず、このように大きな仕事を果たせた
    おねの偉大さ、その苦労に圧倒される。
     p.256~

   阿井 景子『高台院おね 』(光文社文庫) 2006  p.168~

     第九章 遺領 三 

     駿府から戻った孝蔵主に、家康の激怒、所領没収を告げられ、おねは震えあが
    る。「わらわが将軍にお願いしたばかりに、かようなことになって、亡き兄上に
    合わせる顔がない」
     ・・・
    自分の浅慮が口惜しかった。おろかにも長政を通して将軍にすがろうとした自分
    が嫌わしい。
     おねは内省しながらも、家康の素顔に触れた思いで慄然とする。
     将軍職を秀忠に譲り、徳川政権を確立した家康は、仮面をぬぎ捨てた。それに
    気付かず「自分は別格」と思いあがっていた自分は、なんと迂遠であったことか。
    想えば、於大を内大臣の母としておねを訪わせ、豊国社へ参詣させたのは、ただ
    ただ人心収攬のためだったのである。
    ・・・
    智積院に家康が豊国社の寺地を与えたとき、おねは不快感をそのままにせず、深
    く考えるべきであった。


   ・ 『當代記』巻五 国立国会図書館DC - 史籍雑纂. 第二 84

     廿七日、古太閤政所御方のかう藏主、今日出京、駿河被下、古木下肥後守
    遺領二萬石あり、息男宰相宮内兩人令知行之、政所へ可被昵近由自駿府曰處、
    政所は宰相壹人に宛之、宮内には一圓に不被渡間、大御所甚無興し給、若有理
    者可被聞とて、駿府被召下、惣別近年政所老氣違、比興成事多しと云々、當
    年は彼二萬石領可被召上とて、板倉伊賀守當毛可納由曰、


   醍醐の花見 史料3醍醐寺 文化財アーカイブス- 醍醐花見短籍(重文)
    (02) 深雪山帰るさ惜しき今日の雪花のおもかげいつか忘れん 松(太閤秀吉)
    (22) ともなひてながめにあかじ深雪山帰るさ惜しき花のおもかげ (北政所)
   たちばなを庭のまがきに眺むれば雲居の花を恋しくぞ思ふ 祢  -祢々の碑
   吉川英治『日本名婦伝 太閤夫人』 - 青空文庫
   北政所 -国会図書館DC - 渡辺世祐『豊太閤と其家族』
   豐太閤北政所 -国会図書館DC - 浅野史蹟顕彰会『浅野荘と浅野氏 第5章』
   木下 本姓杉原 -国会図書館DC - 藩翰譜. 巻6
   ・ 木下家定 ・木下勝俊 ・木下利房 ・小早川 秀秋 ・足守藩 - Wikipedia
   ・ 足守藩 国会図書館DC - 吉備郡史. 巻中 656
   ・ 圓徳院/木下長嘯子とその世界 ・千人万首 ・『近世畸人伝. 続』 95
     和年をいくつになると人とはゝ老てみにくゝなると答へん 長嘯子
   浅野 後賜松平 -国会図書館DC - 藩翰譜. 巻4  ・ 浅野長政 - Wikipedia
   秀吉慕う北政所の覚悟 高台寺の時雨亭(時の回廊) 2016/8 日経
   高台寺  ・ 圓徳院   ・ 豊国神社  - ちょっと言いたくなる 京都通

吉野太夫 - Wikipedia  ・ 常照寺

   こひそむるその行末やいかならん今さえふかくしたふ心を 吉野太夫
   傾城吉野 -国会図書館DC - 伴蒿蹊『近世畸人伝. 続』
   遊女よし野が傳 -国会図書館DC - 滝沢馬琴『羇旅漫録 壬戌 中』
    都をば花なき里になしにけり吉野は死出の山にうつして 紹益
   国会図書館開館60周年記念貴重書展 70 好色一代男
     好色一代男 - 日本古典全集. 西鶴全集 第1  ・ 西鶴輪講 巻の1-8
     後は様付けて呼ぶ
      都をば花無き里に成しにけり吉野を死出の山に移して、と或人の詠めり。
      亡き跡まで名を残せし太夫、前代未聞の遊女なり。何れを一つ悪しきと申
      すべき所無し。情第一深し。

   第204回 常照寺 『美貌と才能を兼ね備えた名妓:吉野太夫を偲ぶ』
     - ちょっと言いたくなる 京都通:宇治茶 伊藤久右衛門 2010.11 - 
   京都(1) 草思堂から 吉川英治記念館学芸員日誌 2012年7月
   吉川英治『宮本武蔵 風の巻』 - 青空文庫
     春の雪 五
       その、りん弥という禿(かむろ)は、まだ十か十一ぐらいだったが、もう人
      の目につく天麗の質を持っていて、やがての二代目吉野に擬(ぎ)せられて
      いる童女(こども)だった。
     牡丹(ぼたん)を焚(た)

       ・牡丹の焚火 草思堂から 吉川英治記念館学芸員日誌 2009年3月
       ・牡丹焚火 ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行 福島民報 2015/12
   吉川英治『紅梅の客』 - 青空文庫
      現代の女性のうちにはもう全く無いものである。古い女の典型としか嗤われ
     まい。けれどその世代の中では、およねちゃんのそのあいさつにはじつに真剣
     なものがある。女の生き方、人生の割り切りかたにも、心情美がある。『……
     お初に』は、おもしろい。吉野大夫と灰屋紹益にあてはまりそうな話である。
     稀れだろうが、女にも含蓄があったとおもう。

   薄田泣菫『茶話 大正五(一九一六)年』-節用集を食くら) - 青空文庫
      灰屋紹益は自分が生命までもと思ひを掛けた吉野太夫が死ぬると、その骨を
     墓のなかに埋めるのは勿体ないからと言つて、酒に混ぜてすつかり飲み尽して
     しまつた。
      だが、かういふ事は余り真似をしない方がいゝ。今時の書物は鵜呑にすると、
     頭を痛めるやうに胃の腑を損ねる。

   藁 (わら) の灰 - 染司よしおか工房だより 2004年4月1日

五山送り火 - Wikipedia




関連記事

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

  1. 2016/10/27(木) 22:55:15|
  2. その他
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<千本釈迦堂 | ホーム | 十一面観音像>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://dajaro.blog40.fc2.com/tb.php/673-b14c99fe
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

dajaro

Author:dajaro
男性 福島市在住

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ごあいさつ・お知らせ (3)
3.11関連 (43)
花のすがた (534)
それぞれの桜 (44)
岡部(自宅)に咲く花 (169)
岡部(隈畔)に咲く花 (64)
その他 (120)
絵 画 (13)
彫 刻 (27)
未分類 (2)
ブログ開設準備 (10)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR