独りよがりのつぶやき

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十一面観音像

H28.8.16(月) その5  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

ホテルを9時に発ち、京・田辺の観音寺に直行した。
バスの中でのガイドさんの説明(木津川、同志社大学田辺キャンパス、
観音寺 etc.)を聞いたり、車窓の外を眺めたりしているうちに、あっ
という間に50分近くが経ってしまった。

京都の今日の最高気温は、35℃の予想。京都でも最も暑いと言われて
いるここ田辺地区の気温は、それを上回るのではないかと説明された。

バスを降りたらさすがに暑かったが、目に入った風景は何とものどか
で心地よく、懐かしい原風景に出会ったような気がした。一瞬暑さを
忘れた。
 
観音寺の十一面観音立像を知ったのは、白洲正子『十一面観音巡礼』
による。以来、何時お会いできるのだろうかと思っていたが、間もな
くだ。はやる気持ちを抑え、本堂へとつづく参道をゆっくりと歩いた。

 観音寺(大御堂)
   - 「南山城の古寺」(飛鳥園発行 文・山崎しげ子) p.6

大御堂観音寺


 スイレン《水連》 - 本堂前の池 -

スイレン


 地祇神社(ちぎじんじゃ) - 本堂左側(北西)に隣接 -

地祇神社


 大御堂観音寺(おおみどうかんのんじ)本堂 - 昭和28年再建とか -

観音寺本堂


 十一面観音菩薩立像
   - 「南山城の古寺」(飛鳥園発行 文・山崎しげ子) p.7~8

十一面観音菩薩立像(1)


十一面観音菩薩立像(2)


豊かな胸をした、しっとりとした感じのお姿で、サラッと立っておら
れる。これまでにお会いした国宝の十一面観音像の美しさとはまた異
なる、美しいお姿だ。次は、菜の花や桜の季節にお目にかかりたいと
思った。
 
かみさんが、「国宝の十一面観音さんは7体あるのね」といった。
二人で指を折りながら、室生寺、渡岸寺、法華寺、聖林寺、そしてこ
こ観音寺と数えたが、あと二つがどうしても思い浮かばない。かみさ
んが説明書を見て「道明寺と六波羅蜜寺よ」と教えてくれた。お会い
したいものだ。

昨日の17,000歩超という強行軍にもかかわらず、身体の痛みもさほ
どなく、ツアー二日目も快適で順調な滑り出しだった。体調が良くな
ると元気が出て、あれもしたい、これもしたいと、ささやかな欲も生
まれてくる。

が、無理をしないで、それなりに、「あせらずに、ゆっくりと歩いて
みることに しよう。」


.
白洲正子『十一面観音巡礼』 2002年 新潮社(初版 1975)

  聖林寺から観音寺へ p.7~

   ・ 普賢寺は、その川のほとりに建っており、天平時代の十一面観音が
    祀ってあると聞いていたが、私はまだ拝んでいなかった。一つには、
    私の見た写真がまずかったためで、窮屈な恰好で、宝瓶をにぎりしめ
    た姿は、おせじにも美しいとはいえなかった。写真などにだまされる
    のはつまらないことだが、一度得た先入観からは中々ぬけ切れるもの
    ではない。その為にも実物に接する必要があった。
     はじめて訪れたのは、二、三年前のことである。

   ・ 庭前の紅葉と、池水の反射をうけてゆらゆらと浮び出た十一面観音
    は、私が想像したよりはるかに美しく、神々しいお姿であった。 と
    いって、写真がぜんぶ間違っていたわけでもない。宝瓶を持つ手は後
    補なのか、ぎこちなく、胸から腰へかけてのふくらみも、天衣の線も、
    硬い感じを与える。が、学者によっては、聖林寺の観音より優れてい
    ると見る人々は多い。剥落が少なく、彫りがしっかりしているからだ
    が、素人の私には、まさしくその長所が欠点として映る。ひと口にい
    えば、頽廃の気がいささかもないのが、甘美なロマンティシズムと、
    流れるようなリズム感から遠ざけている。それはたとえば力強い志那
    陶器と、やわらかい志野や織部を比較するようなもので、殆んど意味
    のないことだろう。私はそんなことがいいたい為に巡礼をしているの
    ではない。では何の為に、と聞かれると返答に困るが、少くとも十一
    面観音の品定めでないことは確かである。

   ・ 二度目にお目にかかる観音様は、聖林寺を見てすぐなのに美しかった。
    似ていると思うから、比較したくなるので、まったく別の彫刻として
    見れば、やはり天平のすぐれた特徴を備えている。後補が大分あるの
    で、損をしていられるが、仏像ばかりでなく、絵画でも陶器でも、虫
    眼鏡で観察するようなことに、私はあきあきしている。そういうこと
    は専門家に任せて、ただ全体が美しければそれでいい。その望みを観
    音様は充分に叶えて下さった。そして私は幸福であった。しいていう
    なら、それがこの度の巡礼の目的といえるかも知れない。

   ・ 密教の坊さんは、曼荼羅に想いを凝らしている間に、自分の仏を感
    得するという。私も十一面観音を見つめている中に、どこかへ行きつ
    けるであろうか。たとえ行きつけぬまでも、美しいものに出会うのは
    楽しみである。先は長い。あせらずに、ゆっくりと歩いてみることに
    しよう。


井上靖『十一面観音』 平凡社ギャラリー 3 (1973年) 国会図書館サーチ
   ↓『十一面観音』(平凡社ギャラリー 3 1983/7/5初版10刷)からの抜粋
     - 第2京阪自転車道-3 第2京阪・普賢寺・水取周回 -

     
   ・ 同じ女身の十一面観音ではあるが、これから受ける感じは室生寺や
    法華寺の十一面とは少し異なっている。豊満な体躯にも、顔容にもど
    こかに未成熟な女性を持っている。あるいは童子の持っている稚さと
    硬さが感じられ、それがまた別の美しさを出している。口をきりっと
    結び、少々顎が張っており、顎から胸部へかけても豊かな肉付けであ
    るが、成熟した女性の姿ではなく、少年か少女の持つ硬さのようなも
    のがぴいんと張った感じである。
     この観音寺へ来て、初めて十一面観音というものが本来収まってい
    るべきところに収まっているかのような思いを持った。


岡部伊都子『観光バスの行かない・・・埋もれた古寺』 1962年 新潮社
    『観光バスの行かない・・・埋もれた古寺』 新潮文庫 1975年 初版

  僻地仏への道<普賢寺と寿宝寺> p.9

   ・ こっくりといいつやのあるうるしが光ってなめらかな美しい肌だ。
    何いろだろうか、うすぐらいのではっきりはしないが黒ではなくうる
    みというのかセピアに近いかわった色のようにみえる。縦横に亀裂の
    はいった聖林寺の十一面観音にくらべて、じつに若々しい皮膚である。
    面ざしも気のせいか若くまろやかな気がする。身体つき、とくに背部
    はじつに聖林寺観音によく似ているが、よく見直すとやはりすっかり
    べつの感じである。近いけれど超え得ない間がある。この観音さまは
    修理以前は手も天衣も自分の姿をもっていたというのに、どうして聖
    林寺そっくりの形にかえてしまったのだろう。

   ・ 写真でみた以前の右手は腕をすっとさげたまま、自然にちょっと外
    へ流しているだけだ。どうもあんまり、すんなりした指とは申せない
    が、そのそろえた指や掌の分厚さはむっちりした体温を感じさせる。
    いささか鈍重な、誠実な、手の表情である。それがこのお体にはみょ
    うにふさわしい。だのに聖林寺の右手と同じように指を曲げさせたの
    は全体の調和をやぶる。天衣も両横にはねていたのを、聖林寺のよう
    に内に空を抱いて曲げられた。あの裳の線は、聖林寺のすらりとした
    背丈(209センチメートル)だからこそよいのである。背丈も肉づき
    もちがう人間が、同じ形や服装をするバカらしさを思う。
                        (1960年1月)


  威神の背<聖林寺> p.153

   ・ この御像によく似た十一面像をもつ京都府下三山木の観音寺では、
    修理のときに右手先を、すっかりこの像の手と等しくしてしまったほ
    どである。たしかによく似た十一面観音像だけれど、観音寺像はもっ
    とすべてに丸い感じで、背もあまり高くない。なんといっても胸の肉
    のゆたかさ、しかも胴の小気味よいひきしまり具合、とくにウェスト
    が高いため下半身の長さがすばらしく壮麗な印象を与えるこの像にく
    らべると、やはりもっちゃりしている。あの手先も、以前の表情のな
    い丸い手のままの方が、観音寺像にはふさわしく、あいらしかったの
    ではないかと思う。
                        (1961年3月)

 
大御堂観音寺(おおみどうかんのんじ) -京田辺市観光協会-

   大御堂観音寺『略縁起』

    ・ 息長山普賢寺 - 国会図書館DC - 山城綴喜郡誌 -
    ・ 実忠 - Wikipedia  ・ 實忠 国会図書館DC - 元亨釈書九
    ・ 古代寺院普賢寺の建物・基壇跡について 若林邦彦
    ・ 山城普賢寺塔心礎 - 「がらくた」置場 by S_Minaga -
 
木心乾漆十一面観音立像(本堂安置) -国指定文化財等DB(国宝 彫刻)-
    ・ 国宝指定年月日:1953.3.31(昭和28.3.31)  解説文:奈良時代の作品

   観音寺 十一面観音立像 国宝 - 南山城十一面観音巡礼 -

               観音寺 十一面観音立像 国宝

    南山城では一番古い天平時代の十一面観音像です。東大寺大仏を造っ
    た仏所が関係した仏像と思われます。蓮台にふわりと降り立った観音
    像という感じを受けます。またおさげ髪を肩に垂らしたような、若々
    しいお顔に魅了されてしまいます。おさげ髪に見えたのは、菩薩にみ
    られる垂髮と呼ばれる髪で、正面できれいにすき上げられた髪の一部
    を両耳の後ろから垂らし、肩上で結び目をつくってその先を四条に分
    けています。この髪の部分をはじめ目鼻や衣の皺など全身にわたる表
    現は、まずヒノキからほとんどの姿を彫出した後、その上に漆におが
    くず等を混ぜた木糞漆(コクソウルシ、乾漆ともいいます)を盛り上
    げて造形される木心乾漆造という天平時代を中心に用いられる技法で
    出来ています。
  




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  1. 2016/10/09(日) 16:58:07|
  2. 彫 刻
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