独りよがりのつぶやき

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大日如来坐像

H28.8.15(日) その2 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

円成寺の大日如来坐像を知ったのは、「日本の彫刻」(鎌倉時代)に
収められた藤本四八撮影の写真によってだった。大日如来は、静けさ
のなかに揺るぎない意志力を以て座していた。その張りのある、力漲
る相貌に圧倒されてしまったことを、今でもはっきりと覚えている。
それが今回の旅行で、ようやく直に、それも至近距離でお会いするこ
とができた。殆んど閉じているような、玉眼が入った切れ長の細い目。
その慈愛と厳しさをたたえた深い眼差しの表情に、こころを奪われた。


 大日如来坐像 - 藤本四八 撮影 -
    「日本の彫刻 上古-鎌倉」(1960 美術出版社)

   円成寺:大日如来坐像(1)


   円成寺:大日如来坐像(2)


   円成寺:大日如来坐像(3)

    【解説久野 健】 【観賞岡本 謙次郎


 大日如来坐像 - 土門拳 撮影 -
    「古寺巡礼 第三集」(1968 美術出版社)

   大日如来坐像:土門拳 撮影


この像が安元2年(1176)に運慶により造られたことは、大正10年に、
日本美術院長の新納忠之介が修理をした際に発見した、台座裏面の運慶
真筆による墨書によって明らかにされた。

制作年が、鎌倉幕府が開かれる文治元年(1185)の10年前であること
からすれば、本像の時代区分は、「平安時代(末期)」とされるべきだ
ろうが、「日本の彫刻」では「鎌倉時代」に分類し、その冒頭に置いて
いる。久野健はその解説において、「制作年代は、藤原末にあたってい
るが、すでに、あの形式的な藤原末期彫刻とは違い、そこには、全く新
たなものの生まれ出てくるいぶきが感じられる」としている。「鎌倉彫
刻の成立において、画期的な意義をもつ作品として評価される」ことか
ら、鎌倉時代の初めに置かれたのであろう。

本像は大正9年に旧国宝に指定され、新法下では、平成5年(1993)に
なって、ようやく国宝に指定された。木造の大日如来坐像としては、唯
一の国宝である。

重要文化財に指定されている木造の大日如来像は、
 ・ 東寺講堂立体曼陀羅の中心の大日如来坐像(康珍作 室町時代)
 ・ 石山寺多宝塔の本尊である大日如来坐像(快慶作 鎌倉時代)
 ・ 奈良国立博物館収蔵の木造大日如来坐像(平安時代)
などたくさんあるが、そのなかで、運慶作と推定される作品が2体ある。

一つは、栃木県足利市の光得寺蔵の「厨子入木造大日如来坐像」で、
指定文化財等データベース
の解説文には「運慶の作風に似ており・・・
運慶の作とは断言し難いまでも、運慶統率下の慶派仏師による造立と考
えられる」とある。昭和63年(1988)に、重要文化財に指定された。
もう一つは、東京都立川市の真澄寺蔵の「木造大日如来坐像」で、同じ
く解説文には「運慶の作風を濃厚に伝える大日如来像」とされている。
平成21年(2009)に重要文化財に指定された。

  【参照】 特集陳列「二体の大日如来像と運慶様の彫刻」 

円成寺の大日如来が一番好きな仏像だと述べる清泉女子大学の山本勉教
は、来年秋の東京国立博物館の特別展は「運慶展」が予定されている
と、ツイートした。

  興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」 2017年9月26日(火)~

出展作品の詳細はこれから明らかにされるのだろうが、2011年に開催
された金沢文庫80年特別展「運慶-中世密教と鎌倉幕府-」 では、円
成寺、光得寺、真如苑の3体の大日如来像が初めて揃って展示された。

来年秋の運慶展では、そんな夢のような展示はあり得ないだろうなと思
いながらも、実際にそうなったらどんなに素晴らしいことかなどと淡い
期待すら抱いている。これからどんな情報が出てくるのか、今から胸を
ワクワクさせている。


.
 大日如来坐像 運慶作 国宝 - 忍辱山 円成寺

   木造大日如来坐像〈運慶作/〉 - 国指定文化財等DB(国宝 彫刻)
     ・ 国宝指定:1993.06.10(旧国宝指定:大正9年)

   墨書銘 -山本勉ほか『運慶 リアルを超えた天才仏師』(2012年 新潮社)p.29

     運慶承 安元元年十一月廿四日始之
     給料物上品八丈絹肆拾参疋也
     已上御身料也
     奉渡 安元貮秊丙申十月十九日
     大佛師康慶
     實弟子運慶 (花押)


   『日本の彫刻 上古-鎌倉』(1960 美術出版社) p.150~

     161-163 大日如来像 鑑賞岡本謙次郎

     平安末-鎌倉初期は悲劇的な時代だ。人間の営為を合理化し秩序づ
    ける外的な支えを掛け値なしに失った、日本史上稀有の時だろう。
    人は全く外的な規範なしに、それぞれ置かれた位置で、一瞬一瞬の現
    在に行為することによって、みずから何らかの解決を見出さねばなら
    ぬ。が、それゆえに、人は自己の生に根ざしてみずから責任をとると
    いう本格的に緊張した時代だった──おそらく、現代以上に。
     運慶という伝説的な名に、僕はこの悲劇時代を誠実に生きぬいた偉
    大な精神を考える。外的な支えがなかったゆえに、自己の魂のいるべ
    き場所を設定すべく、彫刻という明示的形態を誠実に創造していった
    精神だ。彼は長い生涯、つねに動乱の中に生きて自分の生命の充実を
    たもちつつ、流動する青春の豊饒さから円熟した不動の構成さへと向
    かっていったが、その造形という行為によって、ちょうど、群星に各
    々そのところを得せしめる太陽のように、同時代の仏師たちの位置を
    設定する中心的存在となった。
     大日如来像は現存する彼の最初の作品である。忍従な形、流動する
    線、張りのある量感──巌格だが、作者の若々しい感情と聰明とが躍
    如としている。藤原期の影響を脱却していないとは通説だが、むしろ、
    臆すことなく影響をうけ、その影響のうちで、何のためらいもなく心
    ゆくまで楽しんでいる。自由な聰明な心には怖るべきもの、恥ずべき
    ものはなにもない。巌格な修行で学びえた技術を充分に信頼し、これ
    を縦横に駆使して、ものを造るということの喜びにひたる。忍従だが、
    溌剌たる律動だ。鎌倉期の暗さは予想されるにしても、また、若い生
    硬さが感じられるにしても、それに対して少しもいじけていない。悲
    劇的な身ぶりも感傷もない。ここには青年の何ものをもおそれぬ確信
    の季節がある。混乱を身にうけぬのではない。青年の掛け値のない生
    命の充実感の方が混乱よりも強いのだ。
     誠実に生きるとは、たぶん、つねに現在の自分の生命をおそれるこ
    となくうけいれ、これを十全に発揮することにちがいない。運慶の写
    実的な諸作品において、主題はもはや問題にはなるまい。動乱を生き
    ぬいた彼の正常な年令の厚みがそのまま造形の逞ましい骨格となって
    いるのに僕は讃嘆するのである。



     鎌倉時代の彫刻 久野 健

     運慶の名は、日本の彫刻家中、最も有名なものの一人であるが、そ
    の生れた年は、まだ明らかでない。しかし、その遺作の年代から考え
    ても、初期のものは、藤原末の安元元年(1175)にまでさかのぼり、
    晩年のものは建保六年(1218)に及び、四十数年間活躍を続けてい
    たことがわかる。その初期のものとは円成寺の大日如来像で、運慶が、
    まだ三十に満たぬ青年期の作と考えられる像である。その制作年代は、
    藤原末にあたっているが、すでに、あの形式的な藤原末期彫刻とは違
    い、そこには、全く新たなものの生まれ出てくるいぶきが感じられる
    のである。体は、やや硬い感じの青年の肉体を感じさせ、膝高は、藤
    原彫刻よりもやや高くなり、顔も、若者のそれである。頬は、ぴちぴ
    ちと張り切り、唇には、決意が満ちている。眼から唇へと視線をおと
    すと、人々はこの像の中心が、智賢の印を結んだ、両手に集中されて
    いるのを知るであろう。かたく結んだ両手には、もう、藤原時代の弱
    弱しい彫刻を捨て、新しい力強い彫刻を生みだそうとする運慶自身の
    決意さえも感じられるのである。


   土門 拳『古寺を訪ねて 斑鳩から奈良へ』 (2001年 小学館)

     円成寺

     わたしにとって円成寺の魅力の一つが、この境内の自然であり、さ
    らにもう一つの魅力は、本堂に安置されている大日如来坐像である。
    鎌倉彫刻の代表的作家、運慶の作であることは、大正十一年(1922)
    の修理の際に発見された、台座蓮肉部に書かれた墨書銘により確かで
    ある。さらにこの墨書銘により、本像が安元二年(1176)10月19
    日に寺に安置されたこともわかる。このとき作者運慶は二十歳そこそ
    この青年であったという。
     藤原時代彫刻の特徴である温和さを残しながら、いかにも若々しい
    均斉のとれた姿態、まろやかな肉身、強い光を放つ玉眼などの表現は、
    写実的で躍動感あふれるのを特徴とする鎌倉彫刻の大作家として大成
    した運慶の片鱗をうかがわせるものであろう。この像を見ているうち
    に、その面ざしと二十歳の青年仏師運慶の面ざしとが重なり、あたか
    も眼前の大日如来が運慶その人のように思えてきたものだった。




 運慶 - Wikipedia

   特集陳列「二体の大日如来像と運慶様の彫刻」
     - 東京国立博物館 プレスリリース 2008年7月10日 -
   「大日如来坐像」(東京・真如苑蔵)公開
     - 東京国立博物館 プレスリリース 2008年
     ・ 「大日如来坐像」(東京・真如苑蔵)公開 2008年6月10日(火)~
     ・ 流転の運慶仏 ~「大日如来像」の謎を探る~ 2008.9.5
     ・ 木造大日如来坐像(東京・真如苑蔵) 平安~鎌倉時代 12世紀
          重文指定:2009.07.10(平成21.07.10)
  運慶展」 弐代目・青い日記帳 2011.01.26
     ・ 密教や東国との関係に光 「運慶」展、大日如来像など7体
       - asahi.com 2011年2月22日 -
   運慶とその周辺の仏像 2011.7.12~
     ・ 特集陳列「運慶とその周辺の仏像」はじまりました! 2011.7.15
     ・ 大日如来の台座に獅子! 2011.9.13
   運慶周辺と康円の仏像  2012.7.31(火) ~
     ・ ここに注目!「運慶周辺と康円の仏像」
     ・ さらに詳しく!「運慶周辺と康円の仏像」 2012.8.27
     ・ 東京国立博物館 特集陳列「運慶周辺と康円の仏像」
   運慶・快慶周辺とその後の彫刻 2013.8.27~
   山本勉先生講演会「運慶のまなざし-全作品47体と眼の表現」
     - 弐代目・青い日記帳 2014.02.07 -
   光得寺 栃木県足利市菅田町 大日如来坐像
     - 私の大好きな仏像百選のブログ 2014/10/13 -
   真如苑 東京国立博物館寄託 大日如来坐像
     - 私の大好きな仏像百選のブログ 2015/5/3 -
   山本勉『新発見の大日如来像と運慶』
     - 平成16年6月10日 有鄰 No.439 p.4 -
   山本勉さんのツイート 明快なタイトルで気持ちがよい 2016.8.24
     ・ 山本勉さんのツイート きれいなデータで再掲示。
      タイトルロゴの薄紫色もすてきだ
 2016.8.25
   運慶仏16体増えて、UNK47誕生か?
     - 山本勉×橋本麻里[「運慶ナイト」より] デイリー新潮 2016.9.11




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  1. 2016/09/11(日) 11:44:50|
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