独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

歷應資聖禪寺

H28.8.17(火) その10  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

二条城から天龍寺へ向かった。

天龍寺の寺号は、霊亀山天龍資聖禅寺(れいぎざんてんりゅうしせいぜんじ)。
HPには、「足利尊氏を開基とし、夢窓疎石を開山として開かれたのが天
龍寺で、その目的は後醍醐天皇の菩提を弔うため暦応2年(1339)に創建
された」とある。

後醍醐天皇の崩御は、歴応2年(1339)8月16日。天龍寺造営記録には、
「足利尊氏・直義両将軍の哀しみと恐怖は、とりわけ深かった。報恩謝徳
のため、かつ、怨霊納受のため、あらたに寺院を建立し」とあり、寺の名
は10月13日に、年号に因み、「霊亀山歴応資聖禅寺」と名付けられた。

2年後の歴応4年(1341)7月13日に地曳(地鎮祭)が行われたが、22日
には寺名が「霊亀山天龍資聖禪寺」と改められ、「歴応寺」の名は1年9ヵ
月で消えた。 短命だった。

天龍寺の落慶供養は、後醍醐天皇七回忌にあたる康永4年(1345)の8月
29日に行われ、翌30日光厳上皇が臨幸された。太平記は「上古にも末代
にも有難かりし供養也」と記している。


 庫裏の前のミニ庭園 大きな石組み・・・滝なのか、それとも龍か?

庫裡の前の石


 玄関正面の大衝立達磨図 平田精耕老師(第9代管長)(241世) 筆

   達磨図 -前管長平田精耕老師筆


 「方丈」の扁額 関牧翁老師(第8代管長)(241世) 筆

「方丈」の扁額


「方丈」の説明


 方丈前庭(東庭) 中門の先には法堂

本坊東庭(1)


本坊東庭(2)


本坊東庭(3)


 曹源池庭園  方丈の西に広がる

曹源池庭園(1)


曹源池庭園(2)


曹源池庭園(3)


 小方丈(書院)の掛け軸 大衝立のと同じく平田精耕老師の筆とか

小方丈(書院)の掛け軸


 大方丈の『雲龍図』(襖絵) 曾我蕭白キャノン寄贈:高精細複製品

雲龍図(襖絵)(1)


雲龍図(襖絵)(2)


雲龍図(襖絵)(3)


水上勉は、『古寺巡礼 京都 天龍寺』(淡交社 1976)の中で、次のよ
うに記している(「天龍寺幻想」)(p.69)。

  天龍寺の名には格別の語感があると思う。等持院できいた先輩の
 話だと、龍は禅の護神だということである。護神が天に向かって登
 る、この姿には、あの法堂の天井の龍の絵もかさなってつきものの
 巻雲が荒々しく想像されてくる。南禅・東福といえば、ぼくにはや
 わらかいが、天龍は男性的である。馬鹿げたことをいうようだが、
 じつはこの思いは少年時からあって、前記した本山への畏怖感も、
 寺名からきている。誰もこの世で龍をみたことがないだろう。その
 怪物を名に冠しているのだ。ただものでない寺の背景があって、容
 易に近よせない冷たさも感じられる。
  霊亀山とくれば尚更、この嵯峨の一角はきびしく深まる。


寺名に年号を用いたことに猛反対したのは、比叡山延暦寺。この騒ぎを
収めるためだろう、直義が夢に見た金龍に因んで「天龍」と改められた。
水上勉は、天龍寺幻想で次のように書いている(p.73)。
 
 この寺が天龍と名をかえたのは、直義が一夜夢見に、川から巨大な
 金龍があがるのをみて、寺名を改めたことになっている。川とは大
 堰川だろう。ぼくはいま、直義が見た夢の、龍がどんなものだった
 か想像する時、国師が当の直義に与えた文章を想起する。
  「元弘以來の御罪業と其の中の御善根とをたくらべば、何をか
  多しとせんや。此間も御敵とてほろぼされたる人幾何ぞ・・・
  御敵のみにあらず、御方とて合戰して死したるも、皆御罪業と
  なるべし・・・。今も連々に目出たきことのあると聞こゆるは、
  御敵の多くほろびて罪業のかさなる事なり」


引用された文章は、「夢中問答」の「17 佛法と政道」の一部で、足利直
義の次の問いに夢窓国師が答えたもの。  

 問 あまりに善根に心をかたぶけたる故に政道の害になりて、
   世もおさまりやらぬよしを申す人あり。其の謂はれありや


夢窓国師は答えて、さらに続ける。

 仁義の德政はいまだ行はれず、貴賤の愁歎はいよいよ重なる。
 世上の靜謐せぬことは偏に是れ此の故なり。何ぞ御心を善根に
 かたぶけ玉ふことの故ならんや。


吉川英治『私本太平記 黒白帖』の≪国土病む≫には、次のようにある。

  年は明けた。
  北朝の、建武四年
  南朝では、延元二年
  おかしなことだが、こう真二つに、ひとつ国土が割れ、二つの年号を
  称え、それぞれ異なる正月を迎えたのだった。
 日本の分裂症時代、“南北朝”とよばれる畸形な国家へ突入して行った年
 を、この春とすれば、以後、その大患はじつに、五十七年間もつづいた
 のである。
  これまでで、もうたくさんであったろうに、まだこの先、いぜんたる
 血みどろやら謀略の抗争を半世紀もやりつづけなければならないとは。
  たれが予想したろうか。
  たれもそんな予想はしなかった。願ってもいなかった。


黒白帖の最後、≪黒白問答≫の一つに、次の問答があった。

 問 「ではまだ当分続くのでしょうか、こんならちゃくちゃのない風潮
   と、暗黒時代が」
 答 「が、必ず朝は来ます。朝の来ない夜はない」



後醍醐天皇は、延喜・天暦の昔に立ち帰ることを夢見た。尊氏は、家時
遺した鑁阿寺(ばんなじ)置文に記された悲願の実現を夢見た。そして、
直義は、北条泰時の治世をみならい政治を進めようと夢見た。

それぞれがそれぞれの夢を実現しようとして、どれだけ多くの血が流され
たことか、どれだけ多くの恨みが生まれたことか。

次の歌は、3人が師と仰いだ夢窓国師が詠んだもの。何故かこころに響く。

 打つ人も打たるゝ人ももろともに唯一ときの夢の戯れ

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  1. 2017/02/07(火) 23:06:31|
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大河内山荘

H28.8.17(火) その11  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

天龍寺の北口から竹林の径へ出た。ものすごい人込みだ。早くこの雑踏から
脱出しようとかみさんに言ったら、大河内山荘の方は静かなはずよ、と教え
てくれた。バスの出発時間までにはまだ余裕があり、また、山荘まで足をの
ばしたこともなかったので、それではと向かった。

入口前には入るかどうか迷っている人たちが数多くいたが、外国人が迷いも
なく受付に向っていたのには驚いた。事前に調べ上げて来ているのだろう。

大河内山荘は、"あの"と言ってもその名を知る人は少なくなっているのだろ
うが、「シェイはタンゲ、ナはシャゼン」(姓は丹下、名は左膳)という独
特の台詞回しで知られた往年の名優、大河内傳次郎が造営した別荘だ。

パンフレットには、次のようにあった。

 大河内山荘は・・・時代劇の名優大河内傳次郎(1898〜1962)が、
 昭和6年 (34歳)から64歳で逝去するまでの、30年の歳月にわたり、
 消えることのない美を求めて、こつこつと創りあげた庭園・・・


園内には、登録有形文化財の中門・大乗閣・持仏堂・滴水庵が点在している。
順路に従い園路をゆっくり進んだ。竹林の小径とは異なり、さすがに静かだ。


 中門 - 庭園の内と外を区切る。面白味があり、親しみを覚える。

中門


 大乗閣 - 別荘の中心施設。「数寄屋師笛吹嘉一郎の代表作」とか。

大乗閣


 持仏堂 - 昭和6年、「山荘の全ては此処から始まりました」

持仏堂


 茶室滴水庵の前庭 - 苔がとても美しい。

滴水庵と前庭


 嵐峡展望台から 展望がパッと開ける。

  嵐山 - 眼前には嵐山(標高381.5m)が。中腹のお堂は大悲閣

大悲閣千光寺(1)


  大悲閣千光寺 - 角倉了以によって創建された。

大悲閣千光寺(2)


 市内展望台から 月香亭(げっかてい)。標高は120m近くか。

  案内板 - 仁和寺の塔を探したが見つからず。

案内板


  京都盆地展望 - 京都盆地を一望できる。遠くには比叡山が。

京都盆地展望


 瓦を敷き詰めた園路 - 園内には様々な意匠の園路があり、楽しめる。

園路


園路を下った先の記念館を覗いてから、抹茶と和菓子をいただき、山荘を
後にした。

ここには、昨日見た二条城や高台寺の庭園、つい先ほど見た天龍寺の庭園
とは異なる、とても静寂で、落ち着きのある情趣があった。また、何より
も、ハッと息をのむ素晴らしい展望があった。園内を進むにつれ、身も心
も、自然に包まれて溶け込んでしまったかのような、そんな気分になった。

大河内伝次郎は、この嵯峨野小倉山の山麓に、映画出演料の大半を投じ
て、山荘の造営に取り組んだ。

庭づくりに人生をかけた、強靭な意志とひたむきな情熱。その感嘆せずに
はいられない凄まじいまでの生きざまとは、一体何だったのだろうか。

機会があれば、再び山荘を訪ね、「消えることのない美」を求めた大河内
伝次郎の姿に接したいと思った。

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  1. 2017/02/23(木) 21:46:34|
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