独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

へんろ道は

H27.2.21(土)

昨年は、四国八十八箇所の霊場が開創されてから1200年とい
う年に当たり、また、今年は、高野山が開かれてから1200年を
迎える年に当たるとされている。

空海は、四国での厳しい苦行を経て、弘仁6年(815年)に四国
八十八箇所霊場を開創し、翌年には、真言密教の修行道場と
して、高野山に金剛峯寺を創建したという。

二つの霊場が開かれてから1200年という大きなき節目の年に
当たり、テレビ各局は特別番組を放映したり、また各地で記念
事業やイベントが開催されたり、書店は関係する本のコーナー
を設けるなど、賑やかな様相を呈している。

そんな中、昨年10月に、職場の仲間だった後藤勝雄さんから、
『四国88ヵ所歩き遍路』と題する遍路体験記をいただいた。

その冒頭は、次のように記されている。

  私は十数年前から漠然と、県職員を辞めたらお遍路したい
 と考えていた。なぜ漠然とそのように考えたのか、今もって定
 かではない。多分、孤独や漂白を好む私の気質が、お遍路へ
 の思いを抱かせたのかもしれない。その思いは年々強くなり、
 今年3月末現役をリタイアしたのを機に、ようやく四国巡礼に
 旅立った。
  私は宗教には関心を持っているが、信仰心が篤いわけでも
 なければ、特別願い事があったわけでもない。過酷な歩き遍
 路の中で自分自身と向き合うこと、今までの生活で身に付い
 たサビやアカを削ぎ落とすこと、思想家としての空海の跡を辿
 ること、それらが私を四国巡礼へと駆り立てた。


この記録は、後藤さんが、2010年(平成22年)秋に、1200km
にも及ぶ「へんろ道」(添付の『四国遍路道中図』参照)を、37日
間かけて「通し打ち」された貴重な体験を纏めたものである。

自らの、足で歩き、目で見、心で感じ、頭で考えた日々の体験が
書き記されていて、その内容の素晴らしさにどんどん引き込まれ、
幾度か読み返しては、本物の体験記の凄さに圧倒された。

年が明け、「四国遍路1200~NHK四国4局キャンペーン~」
開いたら、後藤さんの投稿を見つけた(『わたしの遍路体験』)。

タイトルは、『へんろ道は心を洗う道』

北海道・東北からは唯一の投稿で、限られた字数の中で、最後
は次のように締め括られていた。

 1200kmに及ぶへんろ道は、険しい峠越えもあれば延々と続
 く海岸線もある。四国4県はそれぞれ発心・修行・菩提・涅槃の
 道場と呼ばれているように、昔からへんろ道は修行の場であっ
 た。それは四国の奥深い自然に抱かれた長時間の歩きが、自
 ずと自分自身と向き合い内省することを促すからだろう。 内省
 することなしには心が洗われることもないし、心の平安も得るこ
 とができない。短冊にあったように、確かに「へんろ道は心を洗
 う道」なのだ。


後藤さんの『四国88ヵ所歩き遍路』は、A4版で32ページに及び、
とても読み応えのある内容となっている。全文を読んでいただき
たいと思い、ご本人の承諾を得て、次のとおりアップした。

是非ご一読されるよう、お薦めします。



Ⅰ 徳島(阿波=発心の道場)
     1日目(9/25)~7日目(10/1)
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)

Ⅱ 高知(土佐=修行の道場)
     8日目(10/2)~19日目(10/13)  
  (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16)

Ⅲ 愛媛(伊予=菩提の道場)
     20日目(10/14)~30日目(10/24)
  (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25)

Ⅳ 香川(讃岐=涅槃の道場)
     31日目(10/25)~37日目(10/31)
  (26) (27) (28) (29) (30) (31) (32)



東海道新幹線の開業は、東京オリンピック開会直前の1964年
(昭和39年)10月1日。開業間もなく、浮き浮き気分で新幹線に
乗車した。京都で下車し、降り立って最初に訪ねたのが、東寺。

東寺のご詠歌に「身は高野(たかの)、心は東寺に納めおく」
あるが、高野参りも、四国遍路も実現しないまま、半世紀が過
ぎてしまった。

今となっては、書物やネットであちこちと立ち寄る術しかない私
だが、この記録は、私に、貴重で得難い追体験をさせてくれた。
後藤さんに、心から感謝いたします。

「あとがき」には、「今度は花の咲く季節に・・・」と書かれている。
次回の「へんろある記」がいつになるのか、今から楽しみにして
いる。

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  1. 2015/02/21(土) 22:30:06|
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先ず咲くのは

H27.2.13(金)

マンサク《満作》の花が開いたか気になって、花見山を訪ねた。
入口のロウバイが満開だったが、今日のお目当てはマンサク。
カメラを向けずに通り過ぎ、マンサクのあるところに直行した。
殆どは蕾のまま。 ようやく咲き始めたというところだろうか。

H27.2.13 マンサク(1)


植えられた時は 1mくらいだった木が、今は3mにもなっている。
開いているのを探して、首が痛くなる程見上げて写していたら、
山頂から下りてきた男性が、「上の方に梅が開いてましたよ」と
教えてくれた。

H27.2.13 マンサク(2)


礼を述べて、まだ雪が残る道を、ステッキを頼りにそろりそろり
と静かに下りた。アカバナマンサク(《赤花満作》が満開だった。

H27.2.13 アカバナマンサク(1)


アカバナマンサクがいつ開いたか知らないが、黄色い花が開い
たことの方に、どうしてか「先ず咲いた」との想いを抱いてしまう。
マンサクよりも先に、ロウバイやウメが咲いてはいるのだが・・・。

H27.2.13 アカバナマンサク(2)


すぐ向かいに、ヤエコウバイ《八重紅梅》が数輪開いていた。

H27.2.13 ヤエコウバイ


帰り際に、結局、ロウバイを写した。園主の阿部さん宅の前で、
御礼の言葉をつぶやきながら、カメラをケースに入れた。

H27.2.13 ロウバイ


「冬でも花見山には花があるのですか?」と、よく聞かれる。
花見山は、四季を通じ、さまざまな花を楽しむことが出来る。
近いうちに、ウメやサンシュユなどを訪ねようと思っている。

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  1. 2015/02/26(木) 11:31:15|
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散り椿の奥に

H27.2.26(木)

NHK木曜時代劇「風の峠~銀漢の賦~」が、先週終わった。
原作者は、葉室麟。本を読んでいなかったが連続6回放映
の初回を観て、一寸取っ付きにくいかなとの印象を持った。
が、回が進むにつれ、命を使い切ろうとする男たちのドラマ
の展開が面白くなり、飽きることなく、最終回まで観た。

かみさんが、「(葉室麟は)「蜩ノ記」を書いた作家よ」と本を
寄こした。3年後に切腹することを控えながら「微笑んでいる
のかどうか分からないほどの笑みを浮かべている」主人公、
戸田秋谷の静謐な佇いに魅了され、一気に読んでしまった。

「読み終ったよ」と言ったら、「もう一冊あるよ」と手渡してくれ
たのが「散り椿」(角川書店 2014年)。

主人公の瓜生新兵衛は、藩を追われ、妻の篠を伴って、京
の地蔵院の庫裡に住む。 境内には、秀吉が寄進した「五色
八重散椿(ごしきやえちりつばき)」がある。 また、篠の生家
(側用人、榊原采女に下げ渡され、その屋敷の一部となって
いる)にも見事な散り椿がある。

そんな書き出しで始まるこの本は、随所に散り椿を登場させ
ながら、物語を展開する。文の一部をピックアップすると・・・

 「散り椿は花びらが一片一片散っていく。地蔵院の散り
 椿は、一木に白から紅までさまざま咲き分け、あでやか
 である。」
(p.9)

 「だが、一ヶ所だけ読み過ごせないところがあった。思い
 がけない文言が記されていた。 願うことなら、もう一度、
 坂下家の庭に咲く椿の傍らで話がしたい。これから何年
 でも、花開くころ、あなたをお待ちする、 と采女は書いて
 いた。」
(p.124)

 「病床にあった篠は、自分が死んだら故郷(くに)の椿を
 見に帰って欲しいと頼んだ。」
(p.177)

 「そう願う篠の脳裏に、坂下家の庭に咲いていた椿の花
 が浮かんでいた。白、紅の花びらがゆっくりと散っていく。
 あれは、寂しげな散り方ではなかった。 豊かに咲き誇り、
 時の流れを楽しむが如き散り様(ざま)だった。
 (わたしも、あの椿のように・・・)」
(p.361)

 「玄蕃を討つ前、散る椿は残る椿があると思えばこそ見
 事に散っていけるのだ、と采女は言い残した。あの言葉
 は篠の心を語ったものとばかり思うておったが、実はわ
 しへの遺言だったと後になって気づいたのだ。」
(p.413)

 「 「また椿の花を見たいとお思いにはなられませぬか」
 里美が懸命に言うと、新兵衛は歩みを止め、 「いずれ、
 そのような日が来るやもしれぬな」と背を向けたままつ
 ぶやいた。」
(p.417)

カバーの「散り椿」の絵は、何かで見たような気がしたが、気
にかかりながらも確認しないまま読み進んだ。読了後に、前
袖を見たら「装画/速水御舟「名樹散椿」」とあった。その一
部分が表紙に用いられていたのだ。

山種美術館のHPの表紙にも用いられており、開くたびに目に
していたはずだが、まったく思い及ばなかった。 迂闊だった。

  速水御舟『名樹散椿』 - 山種美術館>作品紹介 -
  速水御舟 Wikipedia 《名樹散椿図》《名樹散椿》

たしか、土門拳にも、五色八重散椿の写真があった筈だが?
とあれこれ探しているうちに、身近に置く本、『拳魂』(2002年
世界文化社刊)の見開きに用いられていることに気が付いた。

五色八重椿 地蔵院  

この写真は、絵葉書やカレンダーに使われたり、土門拳記念
館 Facebook のカバー写真の一つとして使われたりしている。

土門拳記念館 Facebook 《カバー写真》


葉室麟作品「散り椿」の登場人物の生き様、速水御舟が描く
七本の太い枝を張り出した「名樹散椿」、土門拳が切りとった
圧倒的な存在感で迫る老木の根元と苔の上に点在する散り
椿・落ち椿。それぞれの作品を想いながら、『拳魂』に収めら
れた「ぼくの写真学」(「フォトアート」 1974年)を、また読んだ。

 「概念的に知っているだけではダメだ。 概念を飛び超えて
 深く、深く、知らなければダメだ。知るということは、知ると
 いうことである。君の胸をゲンコで打ち感じ知るように知る
 のである・・・。 我々がモノを知るということはなまやさしい
 ことではない。 胸を広げてモノの突っかかってくる方向へ
 胸を広げて立ち向かってみるのである・・・。 一直線に!
 である。迷いなしにである。」
(〈風景写真について〉p.100)

 「日本には四季がある。 四季に合わせて花が咲く・・・。
 ひと口に花と言っても二種類ある。 つまり草に咲く花と、
 木に咲く花とである。草に咲く花は、ぼくはあまり好きでは
 ない。一語にして言うならば弱々しいからである。 いわば
 女性的であるのだ。 絢爛と咲く花が口を大きく開いて花を
 咲かせるのに対して、茎はその花をかろうじて支えている
 だけで立っている。それに対する木の花は、花よりも幹の
 方が主体をなしている。幹をすっくと伸ばして枝を配し、そ
 れに、絢爛にして可憐な花を、そうっと、そうっと咲かせて
 いる。 曰く、梅を見よ、また桜を見よ、次に桃花を見よ、
 ざっと春から初夏に咲く花を考えても、木の花は幹が主で
 ある。木があってその枝の伸びる方向に絢爛とした花が
 咲く、幹と花とが合一して一つのものとして花咲くのであ
 る。」
(〈花を撮る〉p.108)

土門拳は、『死ぬことと生きること』の中で、「死も生も絶対な
のは、それが事実であるから」
と書いている。

三人の作家は、椿寺の散り椿に、厳しい中にも優しさをたたえ
た眼差しを注ぎながら、その奥に「絶対」を凝視し続け、それぞ
れの作品を創りあげたのではと、勝手な想像を膨らましている。

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  1. 2015/02/28(土) 23:51:02|
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