独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

落葉ふみわけ

H26.11.24(月)

落ち葉を踏み分けて、カサッ カサッ という音を聞きながら、
歩くのが好きだ。そして、高く澄み切った空のもとで、黄や
赤などに綺麗に色づいている木々の葉を愛でながら、明
るい陽が射し込む林内をゆっくり歩く・・・とてもたまらない!

10日程前の小鳥の森での落ち葉の感触を思い出しては、
心地良い感触を再び味わおうと、水林自然林に向かった。

思ったとおり、林の中は、一面落ち葉で敷き詰められてい
た。浮き浮きとなってしまい、つい「秋の夕日の~♪♪」と口
ずさんでいた。

10cmもあろうか、厚く積もった落ち葉の上に腰を下ろし・・・
正確には屈んで撮影していた身体のバランスを崩して腰を
ついてしまい・・・そのまま座り込んで、シャッターを切った。

 水林自然林 - H26.11.24(月) 水林自然林(1) -


「もみじ」の曲を口ずさむたびに、「山紅葉」の箇所にくると、
いつも、「これは樹木の「ヤマモミジ」のことだろうか、それ
とも山の「モミジ」という意なのだろうか?」と悩んだりする。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

尻餅などつかなかったかのように、ステッキを頼りにすっく
と?立ち上がっては、一寸気取った振りで、謡曲「紅葉狩」
の「林間に酒を煖(あたた)めて紅葉を焼(た)くとかや」を聞
こえないほどか細い声で謡いながら、そろりと足を運んだ。

ここでも悩んでしまった。「落ち葉を焚いてからでなければ、
酒をあたためて飲むことが出来ないのではないか?」と。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現代では、「もみじ」と言えば「紅葉」と書いて、赤色だけで
はなく、黄色や橙色などに色づいた葉を総称している。が、
万葉の時代は、赤色も含め、「黄葉」と表記していたらしい。

因みに、万葉集巻十(秋雑歌)の「詠黄葉」に収められてい
る41首(2178~2218)の中で、「紅葉」の文字を使って詠
まれている歌は、一首(2201)のみとか(レファレンス事例
詳細
 - レファレンス協同DB -)。

  『万葉集』で一番歌われた植物は、萩・・・(知恵袋)
  「黄葉(もみち)を詠んだ歌」 - たのしい万葉集
  万葉集は「紅葉」ではなく「黄葉」を詠んだ?
       - Excite Bit コネタ 2004年11月11日 -

いずれにしても、「もみじ」の表記は、葉が色づくさまを指す
「もみつ(ち)」に由来し、「もみち」 → 「もみぢ」 → 「もみじ」、
「黄葉」 → 「紅葉」 というように変化してきたのだろう。

暇にあかせて、百人一首の 5番目の歌、「奥山に紅葉ふみ
わけ・・・」が、それぞれの歌集でどのように書き表されてい
るか調べてみた。

 新撰万葉集
   オクヤマニモミヂフミワケナクシカノコエキクトキゾアキハカナシキ
   奥山丹黄葉蹈別鳴鹿之音聽時曾秋者金敷 

 古今和歌集
   奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿のこゑきく時ぞ
   秋はかなしき

     (近代DL 賀茂真淵全集 第1 古今和歌集打聴)
   おく山に紅棄ふみわけなく鹿のこゑきく時そ
   秋は悲しき

     (Wiksource 古今和歌集巻四:秋上00215)

 猿丸大夫
   奥山尓紅葉ふミ分奈く鹿の聲きく時そ
   物ハ可なしき
 (群書類従. 第314-315)
   おく山にもみちふみわけなくしかのこゑきくときそ
   秋はかなしき
 (群書類従. 第九輯)

 三十六人撰・三十六歌仙
   おく山の紅葉踏み分鳴く鹿の 声聞くときそ
   秋はかなしき


 小倉百人一首
   奥山のもみち踏分鳴鹿のこゑきく時楚
   秋盤可那しき



その表記は、「奥山に」「奥山の」、「黄葉」「紅葉」、「もみぢ」
「もみち」、「秋」「物」、「かなしき」「悲しき」など、実に様々だ。

この歌については、詠み込まれた「もみじ」は「萩黄葉(はぎ
もみじ)」であるとする説があったり、新撰万葉集や古今集な
どでは詠み人知らずとされていたり、分らないことばかりだ。
中でも、どうして「秋は悲しき 」なのか、また悩みの種が・・・。

「かなし」の意味について知ろうと、幾つかの辞書にあたって
みた(学研全訳古語辞典語源由来辞典goo辞書 etc.)。

多様な意味を持っていることに驚いた。さらに調べていたら、
「秋を悲しい季節とする歌は、『万葉集』にはなく、『古今和歌
集』になって増えてくる。漢詩から学んだものと考えられる。」
とも書かれていた(三省堂 全訳読解古語辞典)。

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  1. 2014/12/07(日) 18:02:17|
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時季はずれの

H26.12.15(月)

今年は、写真の整理が思うように進まなかった。
また、未定稿のブログやデジブックも、幾つか残ったままだ。

マ、年を越してもいいか、ゆっくりと楽しみながらやればいい
か、などと呟きながら、日がな一日、パソコンに向き合った。

写真の整理を途中で休み、時季外れのデジブックを作った。

 花見山の春

  

4月にアップした記事「花見山公園」に遅れること8ヵ月・・・
やはり遅過ぎる。そうとは思いながらも、ついついアップ。
どうか、ご容赦のほどを!

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  1. 2014/12/15(月) 22:54:15|
  2. 花のすがた
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より良い方へ

H26.12.22(月)

今日は。一年の中で昼が最も短く、夜が最も長い日だ。
冬至が過ぎれば、本格的な寒さを迎える時季になるのだが、
来年の夏至(6月22日)までの間、昼が日々長くなっていくと
思うだけで、何となく嬉しい気分になる。

しかも、今年は、冬至と新月の日が重なる「朔旦冬至」とか。
19年ごとに1回巡るという、とても珍しく、めでたい日らしい。

冬至は「一陽来復」と呼ばれ、新たな年が来ることのほかに、
悪いことが長く続いたあとで、ようやく良い方へ向かうという
意味も込められているとのこと。

新年を迎えるに当たり、これまで通りに、手作りカレンダーを
作ろうと取り組み、悪戦苦闘の末に、漸く完成に漕ぎ着けた。

  2015年(平成27年)カレンダー

1・2月
3・4月
5・6月
7・8月
9・10月
11・12月


新しい年が、皆さまにとりまして、より良い年となりますよう、
心からお祈りいたします。

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  1. 2014/12/22(月) 16:31:10|
  2. その他
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良弁僧正坐像

H26.12.16(火)

今日は、東大寺初代別当、良弁僧正の命日にあたり、開山
に安置されている国宝の「良弁僧正坐像」が特別に公開
された(「良弁僧正坐像」特別公開)。

久し振りに奈良まで出かけ、お顔を拝したいところなのだが、
到底無理なので、『日本の彫刻』を取り出し、土門拳が撮影
した写真でお会いした。

 良弁僧正坐像:土門拳 撮影  
  - 『日本の彫刻』(平安時代) 1960年 ㈱美術出版社 -

    良弁僧正坐像:土門拳撮影(1)


    良弁僧正坐像:土門拳撮影(2)


    良弁僧正坐像:土門拳撮影(3)

         【解説】   【鑑賞宇野浩二

お顔について何と表現すればよいのだろうか、言葉が出ない。

宇野浩二は、『日本の彫刻』の中で、次のように記している。

 「それで、お顔を見ると、失礼ないい方であるが、こういう顔
 は、近畿地方(殊に大阪あたり)に、よく見かける顔である。
 ・・・大阪の人の中に、今も、ときどき、見かける顔である。」


しばらくは、そうか、大阪の人の顔なのかと思っていたのだが、
白洲正子は、『かくれ里』(1971年 新潮社刊)の中で次のよう
に記した。

 「良弁の伝記には不明な所が多いが、一説には、金勝山の
 麓で生れた、百済の帰化人の子孫であったという。東大寺
 にある良弁の彫像は、どことなく外国人らしい風貌を伝えて
 おり、近江はもともと帰化人が多い土地だから、これはおそ
 らく事実に違いない。」


「一説には・・・」と書いていたのが、『十一面観音巡礼』(昭和
50年 新潮社刊)の中では、「百済人の子孫であった良弁」と
断定している(<木津川にそって> 新装版 p.71)。

全体のお姿を写した写真からは、穏やかで、温かみのある印
象を受ける。一方、お顔のみを切りとった写真からは、心の奥
底を見透かすような鋭く厳しい表情の印象を受ける。また、悲
しげな面持ちのようでありながら、強靭な意志力を秘めている、
慈愛に満ちた菩薩のような表情の印象をも受ける。

土門拳は、『拳魂』(2002年 世界文化社刊)<ぼくの写真学>
(p.100~)の中で、次のように書いている。

 「何事を写すにも、何にせよ、その写そうとするものをじーっ
 と見ることが必要だ」
<静物の写し方>

 「仏像を写すには、他のモノと同様に仏像をじっと眺めること
 だ。静かにじっと眺めることから、仏像が何を表そうとしてい
 るのかを見ることだ。」
<仏像を撮るには>

 「まず、その人間の目玉を見る。目をじーっと、じーっと見る。
 次に左手が、右手がどうしているかを見る。目と手を見る事
 によって、その人間が今、何をしようとしているか、をはっき
 り見るのだ。見極めがついたら、最初にピントを「目」に合わ
 せる。そして、目の動きを追う。目の動きが止まった時、つま
 り、目がある一点を凝視しているその瞬間、その瞬間を見計
 らってシャッターを切る。」
<人物写真について>

良弁僧正は、「大阪の人の顔」、それとも「外国の人の顔」なの
かはさておき、土門拳は、坐像に向きあい、どんな心眼で凝視
し続け、シャッターを切ったのだろうか・・・。

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  1. 2014/12/26(金) 12:24:52|
  2. 彫 刻
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室生寺の仏たち

H26.12.30(火)

4ヵ月以上もスキャナーの上に置いたままにしていた、1枚
の河北新報紙を、昨日ようやくスキャンした。

これは、仙台市博物館で開催されていた「奈良・国宝 室生
寺の仏たち」を紹介する特集記事で、多くの写真を掲載し、
分かり易く書かれていた。

【1面】 十一面観音菩薩立像(国宝)・五重塔(国宝)・鎧坂

      (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)

【2面】 十二神将立像(重要文化財)・釈迦如来坐像(国宝)
     両界曼荼羅・五重塔遠望・金堂(国宝)

      (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
      (9) (10) (11) (12)

写真は、「五重塔遠望」(土門拳)を除き、1,2面ともすべて
飛鳥園の撮影のものとか。見事な写真ばかりだ。

室生寺というと、土門拳のことが浮かんでくる。写真、書物、
映像など多くに及ぶが、中でも「日本の彫刻」に収められた
「室生寺:釈迦如来坐像」の写真(全体像・右手の2点)を忘
れることが出来ない。

 室生寺:釈迦如来坐像:土門拳 撮影  
 - 『日本の彫刻』(平安時代) 1960年 ㈱美術出版社 -

   室生寺:釈迦如来坐像(1)


   室生寺:釈迦如来坐像(2)

          【解 説】  【観 賞長谷川三郎

土門拳は、「フォトアート 1974年」の中で、次のように書いて
いる(『「拳魂』(2002年 世界文化社刊)(p.104~))。

  それは昭和十四一九三九年のこと・・・。 室生寺の弥勒
 堂の中に入ると、厨子の中の等身大に彫られた釈迦如来
 坐像に目を奪われた。そのときがぼくにとって弘仁仏との
 初めての出会いになった。目を半眼に見ひらいて、じっと
 虚空を見詰め、右手を前に出し、左手を膝において掌を上
 に向けて、足は結跏趺坐していた。じーっと、じーっと虚空
 を見詰めているばかりの釈迦であった。釈迦は今にももの
 を言いたそうに口を噤んでいる。その仏像は、昔は彩色し
 てあったのであろうが、今はすっかり剥げ落ちて下塗りの
 白い胡粉が残っているばかりだった。しかし、その仏像の
 額は秀でて実に利口な面相をしていた。ぼくはこの日以来、
 有名な寺々を巡ったが、この像くらい利口で頭のいい顔を
 した、そして天下第一の美男子の仏像はなかった。


「私の履歴書」(「日本経済新聞」昭和52年12月21日付)<弘
仁仏>では、次のように書いている(『土門拳 愛蔵版古寺巡
礼』(1998年 ㈱小学館))。

  弘仁は日本仏教史からいうと、ごくわずかの時間的な経
 過しか持っていない・・・。
  天平の金仏が盛期をすぎてもはやだめになり、といって
 木の時代の木彫仏がはっきりとして容姿を持つ前の過渡
 期、うんと唸り声をあげて、拳を振り回すような、活気あふ
 れた、しかしそれがなにやら見当がつかない、そういう過
 渡 期を指している時代だった。
  ぼくはどういうものか、その時代にひかれた。そしてそれ
 からは、日本中にある弘仁仏を撮ることになるのだ。何か、
 ぼくをそうさせるような、いうにいわれぬ魅力があったのだ
 ろう。その最初の興奮、最初の執着をぼくは室生寺で得た
 のだった。


私が最初に室生寺を訪ねたのは、昭和40年、22歳のときだ。
「日本の彫刻」に収められた、土門拳撮影の「室生寺:釈迦如
来坐像」の写真に魅せられたことによる。その後2回ほど訪ね
ているので、釈迦如来座像とお会いするのは、今回で4度目と
なる。

この半世紀の間、どうしてそうまでにこの仏像に惹かれてきた
のだろうか。 土門拳の言葉を借りれば、何かそうさせるような、
言うに言われぬ魅力がおありになるということかも知れない。

土門拳の愛蔵版「古寺巡礼」には、179作品が収められている。
室生寺で撮影された作品はカラーで5点(77~81)、モノクロー
ムで14点(105~118)、合わせて19点ある。

この4ヵ月間、愛蔵版の19点とかみさんが見つけて持ち帰った
河北新報を、読んだり、見たりしながら、楽しんでいる。

明日は大晦日。明後日は 2015年元旦。 来年こそは奈良に行
きたいと思ったりもするが、それが無理でも、さまざまな方法で、
奈良の姿を楽しむことが出来る。

来年は、仙台市博物館で「国宝 吉祥天女が舞い降りた!」が
開催される。身近に、奈良薬師寺の名宝を見ることが出来る。
今から、心待ちにしている。

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  1. 2014/12/31(水) 22:39:28|
  2. 彫 刻
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Author:dajaro
男性 福島市在住

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