独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

1010の朝

H.29.10.10(火)

今朝、久し振りにブログを開いてのこと。

ブログの更新をサボっていたら、とうとうスポンサーサイトが出て
しまっていた。

こりゃ ヤバイじゃないか!

取りあえず、先日つくったデジブックをアップして、スポンサーさ
んにはお引き取りいただいた。




テーマ:季節の花たち - ジャンル:写真

  1. 2017/10/10(火) 05:31:28|
  2. 花のすがた
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八月になると

2017.8.19(土)

8月に入ってからの早朝のリハビリウォークは、2日と13日の2回だけ。
10日に1回の割合は、リハビリウォークを開始した2010年の夏以降では、
初めてのことだ。

梅雨と真夏が逆転したような 異常気象で、福島市では18日連続の雨とな
り、8月としては昭和11年以来、81年ぶりの長い記録になったとか。

「やませ」が流れ込んでいるためらしいが、様々な影響が出始めている。
一日も早い天候の回復が待ち望まれる。


 キツネノカミソリ《狐の剃刀》 08/02 05:54 小鳥の森(あぶくま口

1708020554 キツネノカミソリ


 オニユリ《鬼百合》 08/10 09:50 自宅の

オニユリ


 アレチマツヨイグサ《荒地待宵草》 08/13 05:49 親水公園

1708130549 アレチマツヨイグサ


 ガガイモ《蘿藦》 08/13 06:11 親水公園

1708130611 ガガイモ


 ガガイモ《蘿藦》 08/13 06:14 親水公園

1708130614 <br />


 ノブドウ《野葡萄》 08/13 06:53 春日神社下

1708130653 ノブドウ


 ギボウシ《擬宝珠》 08/13 14:28 自宅の

1708131428 ギボウシ


 ギボウシ《擬宝珠》 08/13 14:54 自宅の庭

1708131454 ギボウシ


 シュウカイドウ《秋海棠》 08/13 14:31 自宅の庭

1708131431 シュウカイドウ


 シュウメイギク《秋明菊》 08/16 15:13 自宅の庭

シュウメイギク



《八月になるまえの》 -花と花火のデジブック

 【花 散 歩】 - 平成29年(2017)7月 -

  


 【ふくしま花火大会】  ~ 39th Anniversary

  



《八月になるときっと・・・》

 久し振りに、長田弘さんの『小さな本の大きな世界』(2016年)を取り
 出した。以下は、その中に収められている、「八月になるときっと・・・
 六人の男たち なぜ戦争をするのか?」からの引用。

   いったんはじまった戦争は、どちらの人間もなにもかもなくしてし
  まうまで、ながくつづきます。平和にはたらいて暮らすために、結局
  なにもかもなくしてしまう。笑うよりほかにないナンセンスな寓話な
  のに、『六人の男たち』には、戦争が人間にもたらす苦痛を忘れさせ
  ないちからがひそんでいます。
   ・・・古い絵本ですが、毎年八月になるときっと思いだす、忘れら
  れない絵本です。
   もう一つ、誰の句だったか、毎年八月になるときっと思いだす、
  八月を季語とする一句。
    「八月や六日九日十五日」      (2005・8・2)


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  1. 2017/08/21(月) 06:00:02|
  2. 花のすがた
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釋迦山百濟寺

H28.11.21(月) その6  1 2 3 4 5 6 7

百済寺の「百済」は、百済大寺百済寺(枚方市)の場合とは異なり、「くだら」
ではなく「ひゃくさい」と読むということを、旅行前の下調べで初めて知った。

素直に読めば「ひゃくさい」の方が自然であるが、「くだら」と読むように教え
られて以来、「ひゃくさい」とは読まないものだとばかり思い込んでいた。

百済寺は、創建当初から「ひゃくさい寺」と呼ばれていたという。が、創建時
の寺号は「くだら寺」であったとする解説もある。

どちらが正しいか知らないが、いずれにしても百済寺は「近江の最古級寺院」。
宣教師ルイス・フロイスが「地上の天国」と称賛した境内を、ゆっくり歩いた。


 本坊喜見院表門

1611211314 百済寺:本坊表門


 本坊喜見院庭園

1611211317 百済寺:池泉回遊式庭園


1611211322 百済寺


 (右)本坊喜見院書院と(中)不動堂 

1611211327 百済寺:(右)本坊


  「戦国歴史ロマンの大舞台」(説明板)

1611211328 百済寺


 展望所からの眺め

1611211329 百済寺:展望所から


 弥勒坂

1611211333 百済寺


 落葉敷き詰め

1611211334 百済寺


喧騒の場から少し離れたところに、静かなたたずまいの空間が広がっていた。

長い歴史を経てきた百済寺。紅葉の時季を避けて再び訪ね、近江の歴史や景
色や仏像に、こころゆくまで触れたいと思いながら、湖東三山を巡り終えた。

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  1. 2017/07/31(月) 07:16:04|
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松峯山金剛輪寺

H28.11.21(月) その5  1 2 3 4 5 6 7


西明寺をあとにして金剛輪寺に着いたのは、10時半を過ぎたころだろうか。
紅葉の合間に本堂の姿があらわれた。 荘重な構えが、何とも美しかった。

金剛輪寺本堂付近の紅葉は、血のように真っ赤に色づくので「血染めの紅
葉」と呼ばれている。これは、「生身(なまみ)の本尊」の伝説-行基が観
音像を彫り進んでいたら、やがて木肌から赤い血が流れ出てきたという-
に因むらしい。はたして、いつの頃からそう呼ばれるようになったのだろ
うか。

鮮やかな色の紅葉に感嘆しながら歩いていたら、私も、気が付かないうち
にその彩りに染め上げられていた、そんな思いに囚われた。


 金剛輪寺本堂(附 厨子)(国宝)

1611211042 金剛輪寺  


1611211105 金剛輪寺


1611211049 金剛輪寺


1611211110 金剛輪寺


1611211113 金剛輪寺


1611211122 金剛輪寺


 金剛輪寺明壽院庭園(名勝)

1611211136 金剛輪寺


1611211143 金剛輪寺


1611211144 金剛輪寺DSCN3527


1611211149 金剛輪寺


本堂のご本尊「木造聖観音立像」(滋賀県指定文化財)は、秘仏。「住職
一代一会のご開帳」
とされているが、 2000年、2006年、2014年と開扉
されている。

20年、30年後では無理だが、このペースで特別公開の機会が生まれれば、
白洲正子、岡部伊都子も拝観が叶わなかったご本尊を拝観することができ
るのでは、という妙な期待感を持った。

昼食は、境内に建つ「華楽坊(からくぼう)。一か月前に予約をしていた
のがよかった。空席になるのを待つことなく、スムースに席に案内された。
お腹を満たし、「湖東三山まん中のお寺」を後にして、「百済(彩)寺」
へと向かった。

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  1. 2017/07/01(土) 16:28:40|
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龍應山西明寺

H28.11.21(月) その4  1 2 3 4 5 6 7

多賀大社を後にして西明寺へ向かった。思ったより近く10分余で着いた。
駐車場には、大型の観光バスや乗用車が、もうすでにたくさん入っている。
事前に計画した通り、上の駐車場に向かうよう、運転手さんにお願いした。

参拝を終えたのだろうか、列をなして下りてこられる方々に、車内で身を
小さくしながら頭を下げ続け、中門前の駐車場に着いた。

参道沿いの見事な紅葉の前には、たくさんの人だかり。大変な混雑で、身
動きもできないような凄まじい光景に、ただただ驚いた。

 庭園(表庭)出入口 

1611210947 庭園出入口


 蓬莱庭入口(左の門)  ここから本坊庭園「蓬莱庭」に入る。

1611210948 蓬莱庭出入り口


 西明寺のフダンザクラ《不断桜》(滋賀県指定天然記念物)  

1611210950 不断桜


 黄葉

1611210951 黄葉


 紅(黄)葉

1611210952 紅(黄)葉


 庭園出入口

1611210954 庭園出入口


 西明寺本坊庭園(名勝)(蓬莱庭)  江戸時代初期の作庭

1611210959 蓬萊庭(国指定名勝)


 黄葉

1611211001 黄葉


 西明寺本堂(国宝)  鎌倉時代前期の建築

1611211006 本堂(国宝)  


 西明寺三重塔(国宝)  鎌倉時代後期の建築

1611211009 三重塔(国宝)


西明寺の山号は、西明寺のある場所が琵琶湖の東の方角に位置することか
ら、四神の青龍に因み、「龍應山」と名付けられたとか。また、水への信
仰からともいわれている。

本堂のご本尊、木造薬師如来立像(重文)は、延暦寺の方に向いて安置さ
れ、根本中堂ご本尊の薬師如来に対し、「湖東の薬師如来」と呼ばれてい
るとのこと。

西明寺は、湖東三山のうちでは最も新しい創建で、一番北に位置し、平安
から室町時代にかけ、祈願道場として、また修行道場として栄え、17堂宇、
300坊を擁する大伽藍であったと伝えられている。

元亀2年(1571)、比叡山を焼き討ちした織田信長は、同時に比叡山の勢
力下にあって反抗を続ける近隣の天台寺院へも焼き討ちを進めた。ここ西
明寺も焼き討ちを受けるが、これに対し、多くの僧侶と農民が協力して寺
を守ったとか。

山門近くの坊舎を激しく燃やし、全山が焼失しているかのように見せかけ
たことから、命を受けた丹羽長秀(長男は白河藩主丹羽長重)と河尻秀隆
らは、これを見て撤退したそうだ。

これにより、本尊、本堂、三重塔、二天門(重文)など多くの寺宝が焼失
の危機を脱し、今に残されたと伝えられている。

旅行前の下調べで、春と秋の年2回のみ公開される「三重塔初層壁画」が、
今月末まで公開(雨天中止)されていることを知った。計画時点から楽し
みにしていた、期待の拝観の一つ。雨は降っていなかった。幸運だった!

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  1. 2017/06/17(土) 22:42:54|
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久し振りに

H29.6.3(土)

久し振りにデジブックをつくった。

  DB:五月の花散歩




朝から青空が見える。

そろそろ、散歩の時間。

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  1. 2017/06/03(土) 05:21:16|
  2. 岡部(隈畔)に咲く花
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お多賀さん

H28.11.21(月) その3  1 2 3 4 5 6 7

運転手さんが、「佐和山城は跡形もなく徹底的にこわされてしまいましたが、
地元では、三成公は今でもとても慕われているんですよ。」と教えてくれた。

また、「途中、多賀大社の前を通りますが、この大社は滋賀県内では初詣客
が最も多く、「お多賀さん」と呼ばれて親しまれているんです。ちょっと車
を止めて参拝しましょうか」と話された。

5月に伊勢参り。「お伊勢参らばお多賀へ参れ」とか。 車を止めてもらった。


 太閤橋  秀吉が大政所の病気平癒を願って寄進した「太鼓橋」。 

11210918 太閤橋・御神門


橋を登らずに左を回り、表門を潜ると、

11210920


 拝殿  正面に拝殿。手前左は手水舎。右にはおしゃもじ型の絵馬が。

11210921 拝殿


拝殿の奥には神楽殿が、

11210922


 神楽殿内観  奥には幣殿、本殿が。右端は「お多賀杓子」

11210924 神楽殿


 拝殿西袖廻廊  拝殿に向かって左。

11210929 翼廊(左) 


 拝殿東袖廻廊  拝殿に向かって右。

11210926 翼廊(右)


11210925


 神符授与所  たくさんのおみくじが。  

11210928 社務所


こちらにも、苔むした石灯籠を隠すほどのおみくじが。

11210932


おみくじの、あまりの多さに驚いた。

多賀大社のお守りとして知られる「お多賀杓子」は、「お玉杓子」や
「オタマジャクシ」の語源とされている。 面白いものだ。

多賀大社は、いろんな願いごとをかなえてくれるパワースポットとか。
かみさんたちは何を願ったのかなと思いながら、タクシーに乗った。

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  1. 2017/05/20(土) 05:02:22|
  2. その他
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名前を知れば

H29.5.7(日)

朝5時半に家を出た。小鳥の森へ向かう途中で、常連さんのお二人と出
会い、とりとめのない話題で、ちょっとばかり楽しいおしゃべり。

小鳥の森では市民探鳥会が開かれていて、駐車場には既に多くの人が集
まっていた。レンジャーのIさんに久し振りにお会いした。嬉しかった。

参会された方々とは別の方向にと思って、駐車場の先の左手を歩き出し
たが、グループの一つと同じ方向になった。ついたり離れたりしながら
の歩みだったが、楽しい雰囲気が伝わってきて、私のこころも弾んだ。

野鳥の名前はとんと知らない私だが、それでも歩いていて鳴き声を耳に
すると、立ち止まってじっと耳を澄ましたりする。さえずりが心地好い。

木や花の名もよく知らないが、歩いているとさまざまな木や花に出会う。
図鑑を調べたりして名前を知るようにしているが、その由来については
いろいろと説明されていて、結構面白い。そんななかから、いくつかを。

 ガマズミ《莢蒾》
   「神つ実」あるいは「噛み酢実」から転訛した・・・

1705070620 ガマズミ


 フジ《藤》
   花が風に散る「風散・吹散」から ・・・「経打(ふうち)」とも

1705070624 フジ


1705070656 フジ


 ムラサキケマン《紫華鬘》
   「紫」色の「華鬘」草の意とか・・・が、ケマンソウには似てない

1705070636 ムラサキケマン


 ウワミズザクラ《上溝桜》 
   太占の故事からすれば「占(裏)溝」と表記すべきか・・・

1705070639 ウワミズザクラ


1705070644 ウワミズザクラ


 アオダモ《青梻》
   「青」色の蛍光を発する「撓む木」(→タムキ→タモノキ→タモ)・・・

1705070645 アオダモ(両性花)


1705070643 アオダモ(両性花)


 カキドオシ《垣通し》
   隣接地から「垣」根を「通し」て進入してくることから・・・

1705070704 カキドオシ


 サヤエンドウ《莢豌豆》
   若「莢」のまま食べる「美しい容姿」の豆(豌豆)・・・

1705070712 サヤエンドウ


野鳥もそうだが、木も花も、その名前を知ったときの喜びは大きい。
じかに出会ったときの驚きや感動こそ一番なのだが、名前を知って、
さらに喜びは増す。世界は広がる。

今年のリハビリウォークの出足は遅かったが、歩けばたくさんのこ
とを知る。出会いがある。明朝も、5時半には家を出ようと思った。

  朝な夕なに草木を友に すればさびしいひまもない
               牧野富太郎『植物記. 続』
  草を褥に木の根を枕、花と戀して五十年
               牧野富太郎『植物記. 続』

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  1. 2017/05/12(金) 05:15:49|
  2. 花のすがた
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5時30分発

2017.5.6(土)

今朝のリハビリウォークは、気になっているオニグルミやホオノキの花
に会いたくて、親水公園と小鳥の森の両方を歩いた。自宅に戻ったのが、
7時半近く。さすがにきつかった。が、朝撮りの爽快感は、この上なし。


【親水公園】

  クサノオウ《草の王》

 1705060546 クサノオウ


  セイヨウアブラナ《西洋油菜》?

 1705060552 セイヨウアブラナ?


 1705060553 セイヨウアブラナ?


  オニグルミ《鬼胡桃》

 1705060607 オニグルミ


【小鳥の森】

  アオダモ《青梻》

 1705060625 アオダモ


 1705060641 アオダモ


  ホオノキ《朴の木》

 1705060648 ホオノキ


  トチノキ《栃の木》

 1705060658 トチノキ


 1705060659 トチノキ


  フジ《藤》

 1705060707 フジ

このフジは、小鳥の森から戻る途中の、円満寺ちかくに咲いている。
大木の上方に咲いていて、カメラを向け続けていると首が痛くなる。

ほどほどに切り上げて、朝食に間に合うように、やや足早に歩いた。
孫の発声でスタートする朝食が美味しかった。明朝も、また歩こう。

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  1. 2017/05/06(土) 21:34:35|
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弘徳山龍潭寺

H28.11.21(月) その2  1 2 3 4 5 6 7

 朝の彦根城  昨夜来の雨がやんでいた。

彦根城


フロントに下りたら、一ヶ月前に予約したタクシーが、すでに待機していた。
おだやかな感じの、一寸年配の運転手さんと挨拶を交わし、タクシーに乗車。
湖東三山(百済寺・西明寺・金剛輪寺)と永源寺を巡る一日がスタートした。

運転手さんが、「時間があるので龍潭寺(りょうたんじ)を回られては如何で
しょうか?」と勧めてくれた。5月に浜松を訪ねたときには龍潭寺を訪ねる
ことが出来なかったので、即「お願いします!」と独断で答えた。

彦根の龍潭寺は、関ヶ原の戦いの戦功により佐和山藩主となった井伊直政の
遺言により、遠州井伊谷にある龍潭寺(井伊家菩提寺)の五世昊天(こうてん)
禅師を開山とし、この佐和山の西麓に分寺されたもの。慶長7年(1602)か
ら建設が始まり、諸堂が完成したのは元和3年(1617)とか。

入口を入ったら、参道を悠々と闊歩しているお猿さんに出会った。なんと、
屋根の上にも数匹。皆で驚いたり、喜んだりして、思わぬ遭遇を楽しんだ。

このお寺さんは、佐和山を借景にして造られた庭園や森川許六筆と伝わる方
丈の襖絵が有名らしい。拝観が始まる時間までには30分近くもあったので、
それらは割愛し、佐和山ハイキングコース入口までの往復にとどめた。


 総門  龍潭寺は「佐和山」の麓にあるが、山号は何故か「弘徳山」。

総門


 参道  敷き紅葉。 龍潭寺垣と呼ばれる竹垣が続く。

参道


 紅葉  見ごろは過ぎていたが 綺麗だった。  

紅葉


 山門  龍潭寺は 佐和山の麓にひっそりと佇んでいる。

山門


 大洞観音堂  観音堂右脇を入ると 佐和山ハイキングコースとなる。 

大洞観音堂


 中門脇の壁  戦に備えてだろうか 瓦が埋め込まれている。

中門脇の壁


 紅葉  朝の冷気に しっとりと色づいていた。

木立ち


 大久保忠隣 幽居之跡  右端の石柱は 「大久保忠隣幽居之跡」の碑

大久保忠隣幽居之跡


 石田三成公像  台座裏に 「彦根石田三成公顕彰会建之」とあった。

石田三成公像


  散り残る紅葉はことにいとおしき秋の名残はこればかりぞと 三成 

ここには、石田三成、井伊直政、大久保忠隣が同居している。何とも不思議
な空間だが、静寂で落ち着いた佇まいに、こころが洗われるお寺さんだった。

  冶部どのも今日瞑すらむ蝉しぐ禮 吉川英治

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  1. 2017/04/27(木) 12:25:16|
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ひこにゃん!

H28.11.20(日) その1  1 2 3 4 5 6 7

7月に那須温泉で兄妹会があった折、千葉の義姉から、どこか紅葉を見に行き
たいねと話があった。「プランは大ちゃんに任せるから」と一方的なお達し!

「それでは三尾の紅葉に!」と一瞬思ったが、如何せん、皆さん歩くのは苦手
な年寄りばかり。 別の所はないかと調べていたら、湖東三山に辿り着いた。

また、たまたま石山寺のご本尊、秘仏である如意輪観世音菩薩像の特別拝観が
あることも知り、湖東三山と組み合わせ、次のとおりプランをつくってみた。
 
 一日目 ⇒ 彦根城(泊:彦根市内)
 二日目 ⇒ 湖東三山(西明寺~金剛輪寺~百済寺)・永源寺(泊:野洲市内)
 三日目 ⇒ 石山寺・三井寺

この内容でどうかと確認したら早速OKの返事。出発日も11月20日と決まり、
その1ヶ月前には詳細な内容を確定したうえ、宿や列車の手配を済ませた。

以下は、この旅行の記録。何回の連載になるかは不明だが、先ずはスタート。
 
 福島07:39発 やまびこ120号 ⇒ 東京09:12着 09:33発 ひかり507号
   ⇒ 姉夫婦と品川駅で無事合流。 品川09:40発 ⇒ 米原11:44着。
   ※ 途中、三島を過ぎて数分のあたりで、富士山が綺麗に見えた。

  車窓からの富士山 10:26撮影

富士山

米原12:00発⇒ 彦根12:05着。送迎バスでホテルに着き、荷物を預かっても
らってから、昼食を済ませ、彦根城へ向かった。表門から入って直ぐの彦根
城博物館前(冠木門)に人だかりがしているので何ですかと尋ねたら、雨が
降った後なので、ここにひこにゃんがやってくるとのこと。ラッキーだった。

 ひこにゃん、登場! 何とも可愛い。 つい、顔の筋肉が緩んだ。

ひこにゃん


 琵琶湖がうっすらと 彦根城天守の西側。霞んでいた。ん~残念!

琵琶湖


 彦根城天守(北面) 国宝の天守、附櫓(写)及び多聞櫓(左奥)

彦根城


 石垣 そそり立つ石垣の連なり・・・手前は井戸曲輪下、奥は本丸。壮観!

石垣


 土塁と紅葉 石垣の苔の緑とはまた異質の、静かな雰囲気が。

土塁と紅葉


 内堀の紅葉 黒門橋から西方向を眺める・・・あれ、屋形船?

内堀の紅葉


 楽々園 御書院(玄宮園・楽々園) 保存整備事業は平成37年まで。

槻御殿(現・楽々園)内の御書院


 玄宮園 庭園(玄宮楽々園) 美しい景観だ。

玄宮園


 埋木舎(うもれぎのや) 護国神社の築地塀と柳並木の間を・・・単独行

埋木舎へ


 埋木舎 世の中をよそに見つつもうもれ木の埋もれておらむ心なき身は

埋木舎


 茶室「澍露軒」 茶の湯とて何か求めんいさぎよき心の水をともにこそ汲め

茶室


 滋賀縣護國神社 明治2年(1869)の招魂碑(大洞龍潭寺)⇒ 招魂社⇒ 神社

滋賀縣護國神社


 彦根城ライトアップ 「城見のテラス」から多聞櫓など。「城あかり」

彦根城ライトアップ


ホテルの大浴場からも見えた。これでお酒でもつけば申し分ないな、と思って
風呂を出たら、何とビューラウンジにビールが用意されていた。皆で飲みなが
ら、楽しく過ごした。先ずは幸先の良い初日。ひこにゃん、お休みなさ~い!

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  1. 2017/03/30(木) 07:37:32|
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高雄・北山杉

H28.8.17(火) その12  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

いよいよツアー最後のメニュー、高雄のもみぢ家別館での昼食、川床料理を
残すのみとなった。

高雄というと、半世紀も前のことになるが、土門拳が撮影した神護寺の薬師
如来立像や、島田謹介が撮影した北山杉の写真に強い感銘を受け、神護寺を
訪ねたり、周山街道沿いの北山杉を見に行ったときのことを思い出す。 

 薬師如来立像 - 土門拳 撮影 -
     (「日本の彫刻 上古-鎌倉」-1960 美術出版社)

    神護寺:薬師如来立像

  第一等の仏像はと問われると、木造では神護寺本堂の薬師如来・・・
     (土門拳「古寺巡礼」第4集-1971年 美術出版社)

  神護寺薬師如来立像はその眉、その目、その鼻、そのきりりとしまった
  男性的な唇を持つ顔に一番の魅力がある。この仏像を模倣したと思われ
  る仏像はたくさんあるが、その目、その眉、その鼻、その唇をまねした
  と思われるものは一つもない。この仏像は真に男らしい男の像という点
  において日本唯一である。

     (土門拳「わが仏像十選」-「文芸春秋」臨時増刊 昭和47年)


 北山杉 - 島田謹介 撮影 -
      (太陽(1963年11月号)-特集「京都の四季」 平凡社)

島田謹介「北山杉」

  私のもっとも好きなのは、北山杉の美しい林相を見ること・・・
     (島田謹介「私の好きな京都」 -太陽 1963年11月号)

  桜はもうあかんけど、北山杉が見たいわ。高雄から近おすやろ。
  北山杉のまっすぐに、きれいに立ってるのをながめると、うちは
  心が、すうっとする。杉まで行っとくれやすか。

     (川端康成「古都」(1962 新潮社)<北山杉>)

神護寺には、伝頼朝像などの、いわゆる「神護寺三像」がある。見ているは
ずなのだが、明瞭に思い出すことが出来ない。ご本尊の薬師如来立像にして
も、写真ほどの強烈な印象が浮かんでこない。北山杉も周山街道沿いに見て
いるが、どうしたことか、こちらも写真ほどの強い記憶が残っていない。

現実に見た顔立ちや風景よりも、写真家の眼と心で切り取られた写真の方に、
より以上の力強い、迫力あるリアリティーを感じてしまうのは、一体どうい
うことなのだろうか。いつも不思議に思う。

高雄や北山杉というと、川端康成の「古都」も思い出される。朝日新聞に連
載されたのが60年安保の翌年(1961年)10月で、川端康成はその翌月に、
文化勲章を授与された。

「古都」の連載は翌年1月に終わるが、2月に睡眠薬の禁断症状により入院。
入院中に、東山魁夷から「冬の花」と題する絵を贈られる。川端康成は、6
月に単行本「古都」を刊行するに当たり、この絵を口絵として用いている。

 冬の花 - 東山魁夷 1962年 -
     (川端康成「古都」(1962 新潮社)口絵)

『冬の花』


川端康成は、「あとがき」で次のように述べている。

  口繪の東山魁夷氏の「冬の花」(北山杉)は、36年の私の文化勲章の
  お祝ひにいただいたものである。「冬の花」といふ画題は「古都」の
  終章の見出しにちなみ、作中にある北山杉を描いて下さったのである。
  37年の2月・・私の病室へ、東山夫妻がこの繪を持って來て下さった。
  病室で日毎ながめてゐると、近づく春の光りが明るくなるとともに、
  この繪の杉のみどり色も明るくなって來た。

     
1968年、川端康成はノーベル文学賞を受賞する。東山魁夷は、そのお祝いに、
「冬の花」と同じ構図の「北山初雪」を贈る。川端康成に勧められて、3年位
で纏めようとしたが9年がかりで完成した、連作「京洛四季」の一つだ。

 北山初雪 - 東山魁夷 1968年 -
     (東山魁夷「京洛四季」- ビジョン企画出版社 1998)

東山魁夷『北山初雪』

   冬は北山から来る。洛南のほうではよく晴れた日に、遥かに連なる北
  山が、群青に翳り、また明るく照り、まるで澄みきった水の中のように
  はっきり見えているのに、その山並みの一部分に層を重ねた雲が、灰色
  をぼかし込んでいるのを見ることがある。そんな時は、北山のどこかに
  冷たい雨が降りかかっているか、あるいは、小雪でも舞い落ちているに
  ちがいない。
   十二月に入って間もなくの明るい朝だった。高尾の谷あいには、まだ
  おそい紅葉がわずかに残っていた。栂尾を過ぎると北の杉山が、うっす
  らと雪に蔽われているのを見て驚いた。
   陽の当る山の斜面は、梢に丸く残された葉の繁みが、粉を振りかけた
  ように白くなって重なり並び、その間を真っ直ぐな幹の列が、明暗の縞
  模様を描いてリズミカルに連なっていた。片側の蔭になった暗い谷は、
  伐採された斜面だけが白くなって、立ち並ぶ杉の繁みを錆群青の深い色
  に沈め、その上に置く雪を青味のあるグレーに見せていた。


手元にあるビジョン企画出版社の「京洛四季」に、北山杉を描いた「青い峡」
がある。凛としてスッキリと伸びている北山杉。青山ブルーで描かれた美しい
作品だ。

 青い峡 - 東山魁夷 1968年 -
     (東山魁夷「京洛四季」-ビジョン企画出版社 1998)

東山魁夷『青い峡』



もみじ家本館前に着いた。ここから神護寺へは歩いて20分くらいだが、今回
のツアーではその予定もない。待つこと10分ほどで、別館に行くバスが来た。

待っている間に、♪ 京都 大原 三千院・・・♪ と聞こえないほどの小さな声で、
「女ひとり」を口ずさんでいた。昨年亡くなられた永六輔さんの歌詞で、2番
♪ 京都 栂尾 高山寺・・・♪ 、3番は ♪ 京都 嵐山 大覚寺・・・♪ で始まる。

大好きな歌でよく歌ったが、2番で連想するのは、常に高雄山神護寺だった。
それもそのはず、「三尾」の中で訪ねたことがあるのは神護寺だけで、高山寺
も西明寺も訪ねたことがない。

 もみじ家別館:吊り橋 - 清滝川に架かる吊り橋を渡り、「川の庵」へ。

もみじ家別館:つり橋

 清滝川 - 座席について早速に生ビールを注文。すぐにお代わりも頼んだ。
      食事が済むのを見計らってから、「カワセミが飛んでいますよ」
      と声をかけたら、みなさん総立ちになり、「あ、いた!いた!」
      「皇居のお堀では」「茨城では」「初めて見た!」などと、カワ
      セミの話題で大いに賑わった。

高雄:清滝川

      上流へ向かへば、槇尾山西明寺栂尾山高山寺と続く。
      はたして、元気なうちに訪ねることが出来るだろうか。
      その機会があれば、紅葉の時期に来たいものだと思った。

清滝川

京都駅に着いてから、1時間以上余裕があった。ショッピング後、ホームに出
たら、例のメンバーの一人が 「生ビールがあるよ!」と教えてくれた。即刻
買い求め、車中に乗り込んだ。

京都駅16時29分発(のぞみ384号)の車両が動き始めた。すぐに生ビールを
グイッと飲んだ。とても美味しかった。 途中、新横浜と品川で下車する参加
者がいた。別れの挨拶に大きく手を振ったのも束の間、18時50分に東京駅に
着いた。東京駅19時16分発のやまびこ157号に乗り換え、福島駅に着いたの
が20時53分。タクシーに乗って、自宅に戻った。

奈良と京都、二つの古都を訪ねるツアーが終わった。今、無事に旅行を終える
ことが出来たことに、大きな感謝をしている。そして、充実した内容を満喫で
きたことの嬉しさが、じわじわと湧き上がっている。

自信がついたのだろうか、また古都を訪ねる機会を得たいと思うようになった。
いつになるかは定かでないが、近いうちに実現することを夢見ながら、楽しい
想いに浸っている。

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  1. 2017/03/13(月) 23:18:32|
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大河内山荘

H28.8.17(火) その11  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

天龍寺の北口から竹林の径へ出た。ものすごい人込みだ。早くこの雑踏から
脱出しようとかみさんに言ったら、大河内山荘の方は静かなはずよ、と教え
てくれた。バスの出発時間までにはまだ余裕があり、また、山荘まで足をの
ばしたこともなかったので、それではと向かった。

入口前には入るかどうか迷っている人たちが数多くいたが、外国人が迷いも
なく受付に向っていたのには驚いた。事前に調べ上げて来ているのだろう。

大河内山荘は、"あの"と言ってもその名を知る人は少なくなっているのだろ
うが、「シェイはタンゲ、ナはシャゼン」(姓は丹下、名は左膳)という独
特の台詞回しで知られた往年の名優、大河内傳次郎が造営した別荘だ。

パンフレットには、次のようにあった。

 大河内山荘は・・・時代劇の名優大河内傳次郎(1898〜1962)が、
 昭和6年 (34歳)から64歳で逝去するまでの、30年の歳月にわたり、
 消えることのない美を求めて、こつこつと創りあげた庭園・・・


園内には、登録有形文化財の中門・大乗閣・持仏堂・滴水庵が点在している。
順路に従い園路をゆっくり進んだ。竹林の小径とは異なり、さすがに静かだ。


 中門 - 庭園の内と外を区切る。面白味があり、親しみを覚える。

中門


 大乗閣 - 別荘の中心施設。「数寄屋師笛吹嘉一郎の代表作」とか。

大乗閣


 持仏堂 - 昭和6年、「山荘の全ては此処から始まりました」

持仏堂


 茶室滴水庵の前庭 - 苔がとても美しい。

滴水庵と前庭


 嵐峡展望台から 展望がパッと開ける。

  嵐山 - 眼前には嵐山(標高381.5m)が。中腹のお堂は大悲閣

大悲閣千光寺(1)


  大悲閣千光寺 - 角倉了以によって創建された。

大悲閣千光寺(2)


 市内展望台から 月香亭(げっかてい)。標高は120m近くか。

  案内板 - 仁和寺の塔を探したが見つからず。

案内板


  京都盆地展望 - 京都盆地を一望できる。遠くには比叡山が。

京都盆地展望


 瓦を敷き詰めた園路 - 園内には様々な意匠の園路があり、楽しめる。

園路


園路を下った先の記念館を覗いてから、抹茶と和菓子をいただき、山荘を
後にした。

ここには、昨日見た二条城や高台寺の庭園、つい先ほど見た天龍寺の庭園
とは異なる、とても静寂で、落ち着きのある情趣があった。また、何より
も、ハッと息をのむ素晴らしい展望があった。園内を進むにつれ、身も心
も、自然に包まれて溶け込んでしまったかのような、そんな気分になった。

大河内伝次郎は、この嵯峨野小倉山の山麓に、映画出演料の大半を投じ
て、山荘の造営に取り組んだ。

庭づくりに人生をかけた、強靭な意志とひたむきな情熱。その感嘆せずに
はいられない凄まじいまでの生きざまとは、一体何だったのだろうか。

機会があれば、再び山荘を訪ね、「消えることのない美」を求めた大河内
伝次郎の姿に接したいと思った。

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  1. 2017/02/23(木) 21:46:34|
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歷應資聖禪寺

H28.8.17(火) その10  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

二条城から天龍寺へ向かった。

天龍寺の寺号は、霊亀山天龍資聖禅寺(れいぎざんてんりゅうしせいぜんじ)。
HPには、「足利尊氏を開基とし、夢窓疎石を開山として開かれたのが天
龍寺で、その目的は後醍醐天皇の菩提を弔うため暦応2年(1339)に創建
された」とある。

後醍醐天皇の崩御は、歴応2年(1339)8月16日。天龍寺造営記録には、
「足利尊氏・直義両将軍の哀しみと恐怖は、とりわけ深かった。報恩謝徳
のため、かつ、怨霊納受のため、あらたに寺院を建立し」とあり、寺の名
は10月13日に、年号に因み、「霊亀山歴応資聖禅寺」と名付けられた。

2年後の歴応4年(1341)7月13日に地曳(地鎮祭)が行われたが、22日
には寺名が「霊亀山天龍資聖禪寺」と改められ、「歴応寺」の名は1年9ヵ
月で消えた。 短命だった。

天龍寺の落慶供養は、後醍醐天皇七回忌にあたる康永4年(1345)の8月
29日に行われ、翌30日光厳上皇が臨幸された。太平記は「上古にも末代
にも有難かりし供養也」と記している。


 庫裏の前のミニ庭園 大きな石組み・・・滝なのか、それとも龍か?

庫裡の前の石


 玄関正面の大衝立達磨図 平田精耕老師(第9代管長)(241世) 筆

   達磨図 -前管長平田精耕老師筆


 「方丈」の扁額 関牧翁老師(第8代管長)(241世) 筆

「方丈」の扁額


「方丈」の説明


 方丈前庭(東庭) 中門の先には法堂

本坊東庭(1)


本坊東庭(2)


本坊東庭(3)


 曹源池庭園  方丈の西に広がる

曹源池庭園(1)


曹源池庭園(2)


曹源池庭園(3)


 小方丈(書院)の掛け軸 大衝立のと同じく平田精耕老師の筆とか

小方丈(書院)の掛け軸


 大方丈の『雲龍図』(襖絵) 曾我蕭白キャノン寄贈:高精細複製品

雲龍図(襖絵)(1)


雲龍図(襖絵)(2)


雲龍図(襖絵)(3)


水上勉は、『古寺巡礼 京都 天龍寺』(淡交社 1976)の中で、次のよ
うに記している(「天龍寺幻想」)(p.69)。

  天龍寺の名には格別の語感があると思う。等持院できいた先輩の
 話だと、龍は禅の護神だということである。護神が天に向かって登
 る、この姿には、あの法堂の天井の龍の絵もかさなってつきものの
 巻雲が荒々しく想像されてくる。南禅・東福といえば、ぼくにはや
 わらかいが、天龍は男性的である。馬鹿げたことをいうようだが、
 じつはこの思いは少年時からあって、前記した本山への畏怖感も、
 寺名からきている。誰もこの世で龍をみたことがないだろう。その
 怪物を名に冠しているのだ。ただものでない寺の背景があって、容
 易に近よせない冷たさも感じられる。
  霊亀山とくれば尚更、この嵯峨の一角はきびしく深まる。


寺名に年号を用いたことに猛反対したのは、比叡山延暦寺。この騒ぎを
収めるためだろう、直義が夢に見た金龍に因んで「天龍」と改められた。
水上勉は、天龍寺幻想で次のように書いている(p.73)。
 
 この寺が天龍と名をかえたのは、直義が一夜夢見に、川から巨大な
 金龍があがるのをみて、寺名を改めたことになっている。川とは大
 堰川だろう。ぼくはいま、直義が見た夢の、龍がどんなものだった
 か想像する時、国師が当の直義に与えた文章を想起する。
  「元弘以來の御罪業と其の中の御善根とをたくらべば、何をか
  多しとせんや。此間も御敵とてほろぼされたる人幾何ぞ・・・
  御敵のみにあらず、御方とて合戰して死したるも、皆御罪業と
  なるべし・・・。今も連々に目出たきことのあると聞こゆるは、
  御敵の多くほろびて罪業のかさなる事なり」


引用された文章は、「夢中問答」の「17 佛法と政道」の一部で、足利直
義の次の問いに夢窓国師が答えたもの。  

 問 あまりに善根に心をかたぶけたる故に政道の害になりて、
   世もおさまりやらぬよしを申す人あり。其の謂はれありや


夢窓国師は答えて、さらに続ける。

 仁義の德政はいまだ行はれず、貴賤の愁歎はいよいよ重なる。
 世上の靜謐せぬことは偏に是れ此の故なり。何ぞ御心を善根に
 かたぶけ玉ふことの故ならんや。


吉川英治『私本太平記 黒白帖』の≪国土病む≫には、次のようにある。

  年は明けた。
  北朝の、建武四年
  南朝では、延元二年
  おかしなことだが、こう真二つに、ひとつ国土が割れ、二つの年号を
  称え、それぞれ異なる正月を迎えたのだった。
 日本の分裂症時代、“南北朝”とよばれる畸形な国家へ突入して行った年
 を、この春とすれば、以後、その大患はじつに、五十七年間もつづいた
 のである。
  これまでで、もうたくさんであったろうに、まだこの先、いぜんたる
 血みどろやら謀略の抗争を半世紀もやりつづけなければならないとは。
  たれが予想したろうか。
  たれもそんな予想はしなかった。願ってもいなかった。


黒白帖の最後、≪黒白問答≫の一つに、次の問答があった。

 問 「ではまだ当分続くのでしょうか、こんならちゃくちゃのない風潮
   と、暗黒時代が」
 答 「が、必ず朝は来ます。朝の来ない夜はない」



後醍醐天皇は、延喜・天暦の昔に立ち帰ることを夢見た。尊氏は、家時
遺した鑁阿寺(ばんなじ)置文に記された悲願の実現を夢見た。そして、
直義は、北条泰時の治世をみならい政治を進めようと夢見た。

それぞれがそれぞれの夢を実現しようとして、どれだけ多くの血が流され
たことか、どれだけ多くの恨みが生まれたことか。

次の歌は、3人が師と仰いだ夢窓国師が詠んだもの。何故かこころに響く。

 打つ人も打たるゝ人ももろともに唯一ときの夢の戯れ

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テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

  1. 2017/02/07(火) 23:06:31|
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ゆく年くる年

H28.12.31(土 )

手作りカレンダーをつくるのが容易でなくなってきているので、
今年はどうしたものかと思いながらも、候補画像を選んでいた。

 1月 スノードロップ
1月 スノードロップ

 2月 フクジュソウ
<strong>2月 フクジュソウ</strong>

 3月 コウバイ
3月 コウバイ

 4月 シダレザクラ
4月 シダレザクラ

 5月 シラン
5月 シラン

 6月 クガイソウ
6月 クガイソウ

 7月 ギボウシ
7月 ギボウシ

 8月 シュウカイドウ
8月 シュウカイドウ

 9月 シュウメイギク
9月 シュウメイギク

 10月 ノコンギク
10月 ノコンギク

 11月 落葉
11月 落葉

 12月 サザンカ
12月 サザンカ


信夫山の薬王寺の鐘の音が聞こえてきた。

こよみのページ大晦日と除夜』を読みながら、間もなく始ま
るNHKの「ゆく年くる年」を待っている。

新しい年が、皆さまにとりまして、より良い年となりますよう、
心からお祈りいたします。

テーマ:季節の花たち - ジャンル:写真

  1. 2016/12/31(土) 23:11:51|
  2. 花のすがた
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