独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

春の例大祭(6)

H26.11.10(月)

今朝の47NEWS、岩手日報の記事の中に、京都・清水寺
境内にある「アテルイ・モレの碑」に関する記事を見つけた。
平安建都1200年を期して、1994(平成6)年に碑が建立され
てからの20年を記念して法要が営まれたという内容だった。

  アテルイ・モレの鎮魂祈る 京都で碑建立20周年法要
     - 岩手日報 2014/11/09 -

京都新聞にも、同じ内容の記事が載っていた。

  東北・蝦夷の英雄に思いはせ 清水寺、顕彰碑建立
  20年法要
    - 京都新聞 2014年11月09日 -

この記事を読み、書きかけのままだった「春の例大祭(6)」
(観音堂内:絵馬)を思い出した。



H26.4.20(日)

 観音堂【天井画・絵馬】

H26.4.20 天井画・絵馬


 絵馬(1) - 「大蔵寺」(平成13年 宝城山大蔵寺発行) -

絵馬(1)


 観音堂【絵馬】

H26.4.20 絵馬


 絵馬(2) - 「大蔵寺」(平成13年 宝城山大蔵寺発行) -

絵馬(2)


 「奉 讀誦」

H26.4.20 「奉 讀誦 普門品 一千巻」


 西国三十三観音

H26.4.20 西国三十三観音

最初の写真【天井画・絵馬】は、「春の例大祭(5)」にアップ
したものだが、絵馬の一部が写っていることから、再掲した。

内壁に掲げられた、福島藩主板倉候が奉納した絵馬4点は、
福島市指定の有形民俗文化財。外陣にも、民間人が奉納し
た絵馬が数多くあり、観音信仰の深さと広がりを物語ってい
る(春の例大祭 3)。

観音堂の内陣の様子については、梅宮茂著「信達三十三
観音札所 かんのんさま」(昭和60年 信楽社発行)に詳しく
書かれている。どうしたものかと迷ったが、そのまま引用さ
せていただくことにした(p.19~20)。

 秘仏聖観音を安置する観音堂

   主尊千手観音を拝み、おこもりする礼堂(れいどう)・・・
   左手が入口で接待用の炉を切り、右側に西国三十三
  観音様を安置する。この堂で注目すべきは秀れた絵馬
  があることで、内陣虹梁(こうりょう)に藩主板倉候の納額
  四面がある。最も古いのは初代の重寛の桜下放駒、享
  保十六年勝里の竹虎、宝暦五年勝承の野馬、安永四
  年勝矩の瑞鳥図、他に福島三筆の随一といわれる家老
  長谷川金龍山人の安永六年の曳馬図、明和の西王母
  は作がよい。また裁縫図がある。



パソコンに向かいながら、岩谷観音についてもまだ書きか
けのままだったことを思い出した。そのほかにも、いくつか
途中で放り出しているものがある。雪が降る前には何とか
などと呟きながら、この記事の手直しを終えることとした。

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  1. 2014/11/12(水) 21:03:22|
  2. 絵 画
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春の例大祭(5)

H26.4.20(日)
 
ご本尊に長い時間向き合ってから、堂内の方に、「天井画を
撮影させていただいてもよろしいでしょうか?」とお伺いした。
内心無理だと思っていたら、「結構ですよ」との快いご返事。
ありがたかった。

H26.4.20 天井画・絵馬

冊子「大蔵寺」(平成13年 宝城山大蔵寺発行)は、天井画は
「田村将軍蝦夷征伐之図」で、「坂上田村麻呂蝦夷大将軍と
なり、夷首悪路王を退治するに当たり、清水観音の助力によ
り大勝したという清水観音縁起を承けた物語による。享保14
年観音堂再建ごろの作であろう。」と記している。

H26.4.20 天井画

再建が享保14年(1729)であることは、「観音堂再建棟札」に
より明らかであり、今から約300年前、板倉氏初代福島藩主、
板倉重寛のころにさかのぼる。

天井画は、京都の清水寺の縁起をまとめた絵巻、永正14年
(1517)の作とされる清水寺縁起絵巻」のなかの坂上田村
麻呂軍蝦夷征討の図
」(土佐光信筆)に、実によく似ている。

「坂上田村麻呂軍蝦夷征討の図」

天井画を描いた絵師は、「征討の図」に大きな影響を受けて、
大蔵寺の開創に係わるとされる田村麻呂の伝承をモチーフ
に構想を練り、筆を振るったのかもしれない。

蝦夷は、頭に角が生えていたり、異形の姿で描かれている。

討つ側と討たれる側。勝者と敗者。坂上田村麻呂悪路王
・・・絵師はどんな思いで描いたのだろうか。知る由もないが、
何故か気に掛かる。

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  1. 2014/09/20(土) 09:00:12|
  2. 絵 画
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上野の森へ

H24.7.23(月)

マウリッツハイス美術館展が、東京都美術館で開かれている。

オランダで最も美しい建物の一つと言われているマウリッツハイス美術館

  マウリッツハイス美術館

マウリッツハイス美術館

久し振りに、そのホームページにアクセスし、館内に入った。

フェルメールの作品が3点、レンブラントが7点、フランス・ハルスが
5点、ルーベンスが6点、ヤン・ステーンが3点など、珠玉の名品が
勢揃いしている。まさに「美術の宝石箱」、圧倒される。

以前に「世界美術館紀行」で放映された、「マウリッツハイス美術
館~青の輝き・フェルメールの魔術」を思い出した。

「マウリッツハイス美術館~青の輝き・フェルメールの魔術」

真珠の耳飾りの少女(1) 390x445
  「真珠の耳飾りの少女」(青いターバンの少女)
  - ヨハネス・フェルメール (1632-1675) 1665年頃制作 -
   ハーグ(オランダ):マウリッツハイス美術館所蔵 44.5×39cm


ディアナとニンフたち
  「ディアナとニンフたち」
  - ヨハネス・フェルメール (1632-1675) 1655~56年頃制作 -
   ハーグ(オランダ):マウリッツハイス美術館所蔵 97.8×104.6cm


デルフトの眺望
  「デルフトの眺望」
  - ヨハネス・フェルメール (1632-1675) 1660〜61年頃制作 -
   ハーグ(オランダ):マウリッツハイス美術館所蔵 96.5×115.7cm


マウリッツハイス美術館展には、「真珠の耳飾りの少女」と「ディアナ
とニンフたち」が展示されている。また、レンブラントの「自画像」など
6点が並び、さらにフランス・ハルス、ルーベンス、ヤン・ブリューゲル
(父)など、巨匠たちの傑作が展示されているとのこと。楽しみだ。

マウリッツハイス美術館館長のエミリー・ゴーデンカーさんは、美術
館展の記者発表会で、「私たちの素晴らしいコレクションを日本に
お送りすることで大変興奮しています」、「マウリッツハイス美術館
展では美術館の見どころ全てを見ることができます」と述べている。
受けて側の我々も来日を知り、「美術館がそっくり移転してくる!」
と驚き、興奮し、オープンを心待ちにしていた。



東京会場は9月17日まで開催されている。是非行ってみたいものだ。

近くの国立西洋美術館で、「ベルリン国立美術館展」を開催中だ。
こちらでは、フェルメールの初来日の「真珠の首飾りの少女」が出展
されている。マウリッツハイス美術館展と同じ9月17日までの開催だ。
二つの会場を訪ね、上野の森をゆっくり歩きたいと密かに願っている。

真珠の首飾りの少女
  「真珠の首飾りの少女」
  - ヨハネス・フェルメール (1632-1675) 1662〜65年頃制作 -
   ベルリン(ドイツ):ベルリン国立絵画館所蔵 51.2×45.1cm


フェルメールが描く少女はなぜ「飾り」が好きなのか
   - 2012年7月6日 日経ビジネス アートいろは坂 小川 敦生 -

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  1. 2012/07/23(月) 22:00:00|
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青 響

H24.4.4(水)

  青 響 - 東山魁夷 1960(昭和35)年
                彩色・紙本 133.0×212.0 東京国立近代美術館蔵 -


青 響


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  1. 2012/04/04(水) 22:30:00|
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H24.4.1(日)

   - 東山魁夷 1950(昭和25)年 東京国立近代美術館蔵 -

     道                     
                     彩色・絹本 134.4×102.2 

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  1. 2012/04/01(日) 22:30:00|
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夕 星

H23.8.10(水)

  夕 星 - 1999 (H11) 長野県信濃美術館・東山魁夷館蔵 絶筆 -

夕星

『東山魁夷未発表原稿』

これは何処の風景と云うものではない。
そして誰も知らない場所で、実は私も行ったことが無い。
つまり私が夢の中で見た風景である。
私は今迄ずいぶん多くの国々を旅し、写生をしてきた。
しかし、或る晩に見た夢の中の、この風景がなぜか忘れられない。
たぶん、もう旅に出ることは無理な我が身には、
ここが最後の憩いの場になるのではとの感を胸に秘めながら筆を進めている。


長野県信濃美術館 東山魁夷館:作品解説パンフレット

光 昏 1955 年(日本芸術院蔵)
      «光昏»小下図 1955年 信濃町・野尻湖ホテルより黒姫山を望む
静 晨 1994 年(長野県信濃美術館蔵)
      «静晨» 1994年/長野市郊外・七曲北ナガノシティヘリポート入口
夕 星 1999 年(長野県信濃美術館蔵)
      «夕星»; (絶筆)1999年/長野市・善光寺花岡平霊園
   1994 年(長野県信濃美術館蔵)
      «沼» 1993年/上水内郡信濃町 古池

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  1. 2011/08/10(水) 05:51:25|
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濤 声

H23.8.9(火)

今から10年以上も前のことになるが、
東京都美術館で開催の「唐招提寺金堂平成大修理記念 国宝鑑真和上展」を観た。

金堂と御影堂の堂内再現を二大コンセプトとして、
御影堂再現では、国宝鑑真和上坐像と東山魁夷の障壁画の全点をあわせて展示。

巨大迷路の壁のように展示されている、東山魁夷画伯が手がけた御影堂障壁画
(山雲、濤声、揚州薫風黄山曉雲桂林月宵、厨子絵・瑞光)の中を進んで行くと、
鑑真和上がお待ちになられている御影堂が再現されている展示室へ・・・。

お姿を拝し、止めどなく涙が溢れ出てくることを、どうすることも出来なかった・・・。


  濤 声 - 東山魁夷 1975(昭和43)年 唐招提寺障壁画 -

濤 声(部分)

『唐招提寺への道』 - 1975(昭和50)年 新潮選書 -

日本海に沿っての旅も、いよいよ西のはてに近付く。益田から少し西へ行くと、
山口県との境に戸田小浜がある。荒磯に打つ波の泡の美しさを崖の上から飽かず眺めて、
『朝明けの潮』の波の表現のヒントを得たのも此処である。寄せる波、引く波の状態が、
今度の障壁画にも参考になる。(中略)波打ち際の構図も二種類考えてみた。
能登での写生からと、 島根県西端の戸田小浜でのものとのうち、能登のは直線的で厳し
さはあるが、小浜でのほうが味わいが深く、左端の上方に波の動きが向かって行くとこ
ろも、この長大な波の構図の終わりとして適当と思った。


『東山魁夷全集6 ドイツ・オーストリアの旅』(講談社刊) - 1978(昭和53)年 -

憧憬と郷愁

 憧憬と郷愁、別離と帰郷-それが旅の姿である。しかし、もし、この二つの異なった
方向が一つの輪に結ばれていたら、そのような宿命を持つ旅人は、いつまでも輪を描き
ながら歩き続けることになる。
 初めてヨーロッパへ旅立ったのは、・・・1932年(昭和8年)であった・・・。
 ヨーロッパと日本は、それ以来、私の心の中に憧憬と郷愁の輪になって結ばれた。
戦後、私が度々、両者の間を行き来することになったのも、その根は深いところに在る。
 ・・・
 先年、京都を主題にした連作と、新宮殿の壁画「朝明けの潮」を、ほとんど同時期に
描き終えた時、こんどは遠くの方からドイツの古都が私を呼んでいるのを感じた。
老い疲れようとする身心に、少しでも若い日の鼓動を甦らせたい願いもあって、私は
36年振りに再遊の旅に出た。
 ・・・
 私はこの旅で現在の私達の文明の方向と、その厳しい速度について、また、私自身の
日々の生活と心の在り方について、反省しないではいられない多くのものを感じた。
 若い時の私は、感覚的な要素の多い青年であった。ドイツに留学したのは、一つには
知性による支えが欲しかったからである。36年を経て再び訪れた時は、この厳しい精神
風土の国を旅しながら、私がかんじたのは、むしろ、心のやすらいであった。
                               1978年11月記 続きを読む

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  1. 2011/08/09(火) 22:40:00|
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年暮る

H23.8.5(金)

昨日の早朝は、カナカナゼミ《蜩蝉》(ヒグラシ《日暮》)の鳴き声で目が覚めた。
今日の昼は、医大で、ミンミンゼミ《ミンミン蝉》の鳴き声を聞いた。
日中の最高気温は33℃。
夕方の庭は、アブラゼミ《油蝉》の大合唱。暑さも高まる。
今夜は、しんしんと雪降る町の冬の絵と洒落込んで、束の間涼もうか!


  年暮る - 東山魁夷 1968(昭和43)年 紙本・彩色 山種美術館蔵 -

年来る

東山魁夷 『京洛四季』東山夷魁小画集 (新潮社 1969年(昭和44年)

■冬

年暮る

年を送り、年を迎えるこの時に、多くの人の胸に浮かぶであろう、あの気持ち。
去りゆく年に対しての心残りと、来る年に対してのささやかな期待。
年々を重ねていく凋落の想いと、いま、巡り来る新しい年にこもる回生の希い。
「行き交う年もまた旅人」の感慨を、京の旅の上で私はしみじみ感じた。
こうして、私の京の旅は終った。

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  1. 2011/08/05(金) 23:00:00|
  2. 絵 画
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花明り

H23.8.5(金)

フェルメールブルーの次は、矢張り、東山ブルーだ。

フェルメールは自らの作品を語ることはない。

東山魁夷画伯は、自らを語り、自らの作品を語る。
画伯の「青の世界」に、久し振りに入り込んでみたい。

「京都は私にとって何であるのか」を問い続けた画伯。

8ヵ月ほど京都に寄り道した私だが、京都を歩くよりも奈良を訪ねるこ
とが多かった。京都・奈良での体験は掛け替えがなく、画伯の絵に接
する感銘を更に深めるものとしている。

閑話休題、絵を前にしてのくだらない呟きはやめ、画伯の言葉を引用
して書き込みとする。


  花明り
   - 『京洛四季』東山魁夷小画集(新潮社 1969年) -
      昭和43年 紙本着色 126.5×96.0㎝ 個人蔵

花明り

■はじめに

 旅人にとって、めぐりあいこそ幸いであり、いのちである。私は旅人
として京都を見た。京都とのめぐりあいによってこれらの作品は生れた。
その時、その場での感動から、じかに描いたものもある。それを噛みし
めて、構図と色彩を整え、絵にしたものも多い。
 京都の自然ほど、季節の移り変りを敏感に受けとめて、繊細優雅な美
しさを反映するものはあるまい。
 京都の人の生活ほど季節と親しく結びついて営まれている例は少ない
と思う。
 それは遠い昔から、日本人のこころの基盤であり、支えであり、あら
われであった。いまその多くが失われようとしている。
 季節による自然の観照を主にして、旅の上での、眼にふれ、心にふれ
る面白さ、出合いの喜びを基にして、この画集を作った。
 これは京都による私の歳時記である。
 京都の四季を通じて、日本の美を想う私の心の願いである。

■春

円 山

花は紺青に暮れた東山を背景に、繚乱と咲き匂っている。この一株の
しだれ桜に、京の春の豪華を聚[あつ]め尽くしたかのように。
枝々は数知れぬ淡紅の瓔珞(ようらく)を下げ、地上には一片の落下も
ない。
山の頂が明るむ。月がわずかに覗き出る。丸い大きな月。
静かに古代紫の空に浮び上る。
花はいま月を見上げる。
月も花を見る。
桜樹を巡る地上のすべて、ぼんぼりの灯、篝火の炎、人々の雑踏、
それらは跡かたもなく消え去って、月と花だけの天地となる。
これを巡り合せというのだろうか。
これをいのちというのだろうか。 続きを読む

テーマ:今日の独り言 - ジャンル:写真

  1. 2011/08/05(金) 22:55:00|
  2. 絵 画
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手紙を読む青衣の女

H23.7.31(日)

  手紙を読む青衣の女 - ヨハネス・フェルメール(1632-1675) 1663年頃制作 -
         アムステルダム(オランダ):国立美術館所蔵 46.4×39.1cm

手紙を読む青衣の女

矢張り、意表を突かれる作品だ。

徳利?のような形の立ち姿、画面の3分の1も占める壁面に架けられた大きな地図、
惜し気もなくふんだんに使われているラピスラズリの青・・・。

とりわけ、ラピスラズリの青が、薄い水色から濃い紺色まで多様に描かれていることに驚く。
ここには、牛乳を注ぐ女のエプロンの藍、真珠の耳飾りの少女のターバンの群青、そして
地理学者のガウンの紺青などの全てが含まれている。鉱物顔料特有の、透明感ある色の世界だ。

なでしこジャパンのユニホームカラーとして、一躍有名になったジャパンブルー(Japan Blue)。

元来ジャパンブルーと言われるのは藍色で、その色相は濃い紺から薄い瓶覗(かめのぞき)まである。

浮世絵の青として使われた着色料は、初期には露草が使用され、その後に藍が登場し、次いで
天保元年(1830)の後半からは、植物系の藍に代わって、「ベロ藍」と呼ばれるプルシアンブルー
(プルシャンブルー、Prussian blue:18世紀初頭にドイツのベルリンで偶然に開発された青で、
プロシアの青、ということからプルシャンブルー。)が導入された。

プルシャンブルーの導入は、濃くすると透明感が失われていく藍に対して、表現力を高め、
これを使用した葛飾北斎(宝暦10年(1760)-嘉永2年(1849))や歌川広重(寛政9年(1797)-
安政5年(1858))らの浮世絵が、世界的な注目を集めるきっかけとなった、とされている。
  【葛飾北斎:冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏】  【歌川広重:京都名所之内 淀川

北斎や広重の作品は、欧米では、大胆な構図とともに、青、特に藍色の美しさで評価が高く、
ゴッホやモネなどに影響を与え、「ジャパンブルー」、またはフェルメール・ブルーになぞらえて
「北斎ブルー」、「広重ブルー」と呼ばれている。

それにしても、ジャパンブルーのユニホームを着て世界一の栄冠をつかんだ、なでしこジャパン。
これからの試合も、目が離せない!

先日写した、ムラサキツユクサ。↓
東京スカイツリーのライティングのテーマカラーは、美意識を示す「雅」パターンの江戸紫と、
心意気を示す「粋」パターンの淡いブルー。ムラサキツユクサの花弁は江戸紫、金色の雄しべは
金箔のようなきらめき・・・まさに、スカイツリーの美しい色か。

  ムラサキツユクサ《紫露草》 - H23.7.28 岡部 -

ムラサキツユクサ(5)

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  1. 2011/07/31(日) 15:00:00|
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地理学者

H23.7.27(水)

  地理学者
   - ヨハネス・フェルメール (1632-1675) 1669年制作 -

   ドイツ(フランクフルト):シュテーデル美術研究所所蔵

地理学者

地理学者が着ている上着が、何とも異様だ。
綿が入った半纏というか、褞袍(どてら)というか、今一分からない衣服だ。

当時のオランダでは、交易によってもたらされた日本の着物などは、
「ヤポンス・ロック(日本の着衣)」と呼ばれ、富裕層でのステータスシンボルだったとのこと。

よく見ると着物というよりは、普通のガウンのような気もする。
それにしても、この衣装と地理学者の視線の行く先が気になる、不思議な作品だ。

ガウンの青と襟元の赤と白。気が付けば、オランダの国旗カラー。
色の組み合わせの絶妙さに、驚く。

色の組み合わせと言えば、花たちの世界に驚かされる。
庭に咲くムラサキツユクサの花弁の青紫と雄しべの黄・・・典型的な補色関係で咲いている。

  ムラサキツユクサ《紫露草》 - H23.7.25(月) 岡部 -

ムラサキツユクサ(4)

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  1. 2011/07/27(水) 12:00:00|
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真珠の耳飾りの少女

H23.7.25(月)

  真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)
   - ヨハネス・フェルメール (1632-1675) 1665年頃制作 -
   オランダ(ハーグ):マウリッツハイス美術館所蔵 46.5×40cm

真珠の耳飾りの少女 390x476

フェルメールと最初に出会ったのが、「真珠の耳飾りの少女」。
今から15,6年前のこと、打ちのめされるような強烈な出会いに、瞬時に
して虜になってしまった。

この絵が日本に来たのは、これまで2回。 最初は、1984年(昭和59年)、
国立西洋美術館等での「マウリッツハイス王立美術館展」。  2回目は、
2000年(平成12年)、大阪市立美術館で開催された「フェルメールとその
時代」展。

マウリッツハイス王立美術館のHPを開くと、タイトルは "Meisje met de
parel"となっているが、これまでの展覧会では、何れも「青いターバンの
少女(真珠の耳飾りの少女)」として紹介されている。

マウリッツハイス美術館の大規模改修工事に伴い、来年にはこの絵が
日本にやって来るとのこと。 7~9月に東京都美術館、10~12月に神戸
市立博物館で開催予定で間もなく会えるとか、嬉しい限りだ。
(asahi.com 2011年3月1日 「この陰影、フェルメール?分子生物学者の
福岡伸一さんが仮説」)

来年の楽しみもさることながら、当面、 「 フェルメール≪地理学者≫ と
オランダ・フランドル絵画展 」
「 フェルメールからのラブレター展 」の、
二つの展覧会を訪ねることが先決か!

  ムラサキツユクサ《紫露草》 - H23.7.22(金) 岡部 - ↓

ムラサキツユクサ(3)

 露草は この時こそと 今を生き

お粗末!

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  1. 2011/07/25(月) 22:30:00|
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牛乳を注ぐ女

H23.7.25(月)

  牛乳を注ぐ女 
    - ヨハネス・フェルメール(1632-1675) 1658-59年頃制作 -

    オランダ(アムステルダム):アムステルダム国立美術館所蔵 45.4×40.6cm

牛乳を注ぐ女                   

フェルメールの本物の作品に初めて接したのは、今から4年前の平成19年(2007年)、
国立新美術館で開催された「フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」だった。

絵の前に立ち、まず、その大柄な、逞しいと言いたくなるような女性の姿に、圧倒された。
大地に根を下ろし、しっかと立って、日々の営みをこともなげにこなしている、そんな安心感・・・

加えて、頭にかぶった白い布、上半身に纏った黄色の服、青いエプロン、なかばずり落ちそうな
テーブルクロスなど、その構図と色の組み合わせの巧みさ・・・目を瞠り、釘付けとなってしまった。

さらに、奥の壁には数本の釘と、釘を抜いた跡の生々しさまでが伝わり・・・
日本初公開の「牛乳を注ぐ女」に出会えたことに、至福の悦びを覚えた。

好きな分野に、絵画や音楽、そして彫刻などがある。
花たちを中心としたこのブログに、新たなカテゴリーを追加することに一寸迷ったが、
ま、いいか、あれこれと好きなことでも呟ければ、なんて思いながらカテゴリーに「絵画」を追加した。
ついでに、プロフィールの名前も「dajaro」に、住所も「福島市在住」と変更した。

それはそれ、矢張り花のアップも欠かせない!

  ムラサキツユクサ《紫露草》 - H23.7.22(金) 岡部 -

ムラサキツユクサ(2)

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  1. 2011/07/25(月) 19:30:00|
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