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独りよがりのつぶやき

花の写真を中心とした 気ままなブログです

嵯峨山大覚寺(未定稿)

H31.3.7(木) 京都・奈良の仏像を訪ねて - H29.10.15~17 の記録

  来迎院/三千院/広隆寺/清凉寺/大覚寺/仁和寺/大安寺/興福寺/東寺/三十三間堂


大覚寺霊宝館は、年2回、春と秋に特別公開される。ご本尊「五大明王像」
(重文)は霊宝館に安置されているので、「秋季特別名宝展」 (特別公開作品)
で拝観できる。今回の旅行の訪問先として、大覚寺を選んだ理由だ。

境内に入ったら、若い人たちが圧倒的に多かった。みんな名宝展を観に来た
のかなと思ったのだが、すぐに大きな間違いであることに気が付いた。

その人たちの大半は、大覚寺の境内を回遊しながら一つのストーリーを楽し
む、ONE PIECE 大覚寺「魔獣と姫と誓いの花」展を観にきていたのだった。

このタイトルにある魔獣は、伝説の妖怪「鵺(ぬえ)。鵺といえば「掴みど
ころがなく、立ち回りは巧みだが得体の知れない人物」の喩えに使われるが、
もともとは、姿は見えないが、夜に鳴く鳥(トラツグミ)の鳴き声のような
声を発する「得体の知れないもの」を鵺と呼んでいたらしい。

魔獣が鵺と知って、即、NHK大河ドラマ「八重の桜」のシーンを思い出した。

 「ジョー? 先生を呼び捨てにしはった。なんやあのハイカラななりは!?」
  夫を呼び捨てにし、着物を着てはいるが頭と足は洋式というちぐはぐな八重・・・
 徳富猪一郎(のちの蘇峰)「その恰好・・お前は鵺(ぬえ)たい!」
  鵺・・・頭や体が全て違う動物という妖怪
    ・・・
 八重「新島鵺(ぬえ)にごぜいます。」

主人公新島(山本)八重の役を演じる綾瀬はるかの、凛とした姿が浮かんだ。

ちょっとばかり賑やか過ぎる場から離れ、やや急ぎ足で、霊宝館へ向かった。


 ONE PIECE ART 村雨の廊下 のれん  「嵯峨菊」の花畑を駆け抜けて。

染め


 ONE PIECE ART 「いたぞ ! 鵺だ ‼」

いたぞ!鵺だ‼
 

 ONE PIECE ART 大庭絵  約30トン分の石で描いた巨大石絵

ONE PIECE 大庭絵


 大沢池  大沢の池の景色はふりゆけど変わらず澄める秋の夜の月 俊成 

大沢池


 心経殿  伽藍配置の中心部に位置し、嵯峨天皇等直筆の般若心経を収蔵。

心経殿
  心経殿から伸びている長い紐は、御影堂(心経前殿)に繋がっている。

 五大明王像   「日本国宝全集」 第57輯(1939)から

五大明王像 1五大明王像 2  
  不動明王・大威徳明王      降三世明王・軍荼利明王・金剛夜叉明王

嵯峨天皇は、弘仁2年(811)、鎮護国家と衆生救済を祈願すべく離宮嵯峨
院に五大明王をまつる五覚院を造立し、ここに空海作と伝わる五大明王像が
安置されたという。が、その後、その像がどうなったのかは不明である。

現在のご本尊の五大明王像は、安元2年(1176)、円派の仏師明円により後
白河法皇のために造られたとか。像高各50~70㎝ と比較的小さな像で、忿
怒相もかなり抑制された表情といえようか。

霊宝院には別に、大きな五大明王像(うち3軀(不動・軍荼利・大威徳明王像(平
安時代)は重文
が安置されている。流石に威圧感を覚えるが、もともと清凉
寺五大堂
の旧蔵であったらしい(伊東史朗『明円作五大明王像再考』 p.44 註20 )

貞観18年(876)、嵯峨院は淳和太皇太后(正子内親王)により大覚寺とな
り、開山(初代住職)となった恒寂(ごうじゃく)法親王(淳和天皇の第二皇子)
は、丈六の弥陀像を造ったとされている。この像の行方もまた不明である。

今回の特別公開では、太刀が二振り展示されていた。一振りは、源氏ゆかり
とされる鎌倉時代の名刀「膝丸(薄緑)」(重文)で、目にした途端にハッと
息をのんだ。その姿と輝きは、あまりにも美し過ぎた。

 重文「太刀 銘□忠(名物膝丸・薄緑)」

名物膝丸・薄緑
  -「特集陳列 刀剣を楽しむ - 名物刀を中心に - 京都博物館 2015」から

もう一振りは室町時代の太刀(金梨地菊桐紋散蒔絵鞘糸巻太刀。拵は江戸時代。)
で、無銘ながらこちらも見事なのだが、残念ながらその来歴はわからない。

源氏ゆかりの名刀に「獅子王」(重文)があるが、これは源頼政が鵺退治の
褒賞として近衛天皇から授かったものだという(平家物語)。

ところで、近衛天皇鳥羽天皇の第九皇子)の先代は崇徳天皇(第一皇子)、次
代は後白河天皇(第四皇子)なので、夜な夜な御殿に現われる「恠(あや)
き者の姿」とは、崇徳天皇の怨霊そのものだったのではなかろうか、そう思
われてならない。

「魔獣と姫と誓いの花」展は、鵺に変身した虎次がラーク皇子を倒し、幼馴
染みの菊姫と都を救うという内容で、二人を結びつけるのが「誓いの花」と
いう設定だ。その花は当然ながら、のれんの図柄にもなっている「嵯峨菊」。

毎年11月になると、大覚寺では、嵯峨菊を一般公開する(大覚寺嵯峨菊展)
「嵯峨菊は嵯峨天皇の御代、大沢池の菊ヶ島に自生していた嵯峨野独特の野
菊を、永年にわたって王朝の気品ある感覚をもって洗練し、」(大覚寺HP)
あるが、「江戸末期頃に品種が成立した」と考えられているとか(国立歴史民
俗博物館)


中国原産の菊がいつわが国に渡来したかについては、和漢三才図絵に、仁徳
天皇の73年(385)、青・黄・赤・白・黒の5種類の菊が渡ってきたとある。

しかし、万葉集に菊は一首も詠まれていないので、その成立以降に渡来した
のではないか、あるいは、天武天皇の時代には「菊花の宴」が催されたり、
天平勝宝3年(751)完成の漢詩集「懐風藻」には菊が詠まれていることな
どから、奈良時代には渡来していたのではないか、と言われている。

それはそれとして、久し振りに楽しんだ漢詩のなかから気に入った一節を。

    對峰傾菊酒  峰に対ひて菊酒を傾け
    臨水拍桐琴  水に臨んで桐琴を拍つ
        - 境部王『五言秋夜宴山池』 - 懐風藻 -

    菊爲開花宴千官  菊を開花せむが為に千官を宴す
    蘂耐朝風今日笑  蘂は朝風に耐へて今日笑む
        - 嵯峨天皇『九月九日於神泉苑宴群臣』 - 凌雲集 -

拾遺和歌集に、「よみ人しらず」の歌として、次の一首がある(卷第十七 雜秋)

    かのみゆる池辺に立てるそが菊の茂みさ枝の色のてこらさ 

「そが菊」は、黄色を愛でた承和(じょうわ・しょうわ)の帝(仁明天皇)に
因んで黄色を「しょうわ」と呼び、それが訛って「そわ」、さらに「そが」と
なり、「承和(そが)色)」「承和(そが)菊」という名前が生まれたという
のだが、余りにも無理な解釈のように思われてならない。定家はこの説を否定
している。

後鳥羽院はことのほか白菊を愛したが、多くの歌のなかから失恋の歌を一首。

    しら菊に人の心ぞしられけるうつろひにけり霜もおきあへず
        - 後鳥羽天皇『正治二年初度百首』 戀十首 - 後鳥羽院御集

江戸時代になると品種改良が盛んになり、色も形もさまざまなものが生み出さ
れたという。嵐雪は、「百菊を揃けるに」として次の句を詠んだが、「青いキ
ク」開発のニュース
を知ったら、一体どんな句を詠むのだろうかと一瞬思った。

    黄菊白菊其の外の名はなくも哉  

後鳥羽院は菊の文様を好み、自らの印として「御服輿車は勿論、刀劔懐紙等に
至るまで」用いたという。鍛刀した刀に十六弁の菊花紋を刻んだことが天皇家
を示す菊の御紋として定着する端緒になったという。
 「太刀 菊御作 - e国宝」の画像を拡大すると、菊花紋を薄く見て取ることができる。

「菊」と「刀」といえば、ルース・ベネディクトの『菊と刀』(1946年刊)
思い起こされる。タイトルは、最終案の一つ “The Lotus and the Sword”
の “Lotus”(蓮)を “Chrysanthemum”(菊)に変えるよう著者が希望したこと
によるとか(福井七子『<研究ノート>『菊と刀』誕生の背景』)。 初めて知った。

嵯峨天皇は、弘仁9年(818)の大飢饉に際し、弘法大師の勧めにより般若心
経を浄書されたという。このときの般若心経は心経殿に奉安され、勅封心経
として60年に一度しか開封できないとされているが、昨年はその年に当たり
開封された。

今年は、今上陛下がご退位され、皇太子殿下がご即位される年であることか
ら、皇位継承を記念した平成31年春季名宝展「天皇と大覚寺」が開催され、
嵯峨天皇の宸翰般若心経等が特別に公開展示されている(5月15日まで)

天皇陛下が譲位されるお気持ちを述べられたのが、平成28年(2016)8月8
「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」。皇太子殿下は、こ
の前日に、行啓先の愛知県で西尾市岩瀬文庫をご視察され、後奈良天皇
宸翰般若心経(三河国)(重文)をご覧になられた。

皇太子殿下は、翌年2月21日の記者会見において、象徴天皇の在り方につい
ての質問に、後奈良天皇の宸翰般若心経に言及されてお答えになられたが、
誠実なお姿がとても印象的だった「皇太子殿下お誕生日に際し(平成29年)」

 私自身,こうした先人のなさりようを心にとどめ,国民を思い,国民の
 ために祈るとともに,両陛下がまさになさっておられるように,国民に
 常に寄り添い,人々と共に喜び,共に悲しむ,ということを続けていき
 たいと思います。私が,この後奈良天皇の宸翰を拝見したのは,8月8日
 に天皇陛下のお ことばを伺う前日でした。時代は異なりますが,図ら
 ずも,2日続けて,天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深
 い感慨を覚えます。


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  1. 2019/03/07(木) 22:09:16|
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